Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
能の『松風』—幻覚への対応
高橋 正雄
1
1筑波大学
pp.106
発行日 2023年1月10日
Published Date 2023/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552202733
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能の名作『松風』(田中千禾夫『現代語訳日本の古典14』,学研)は,一人の旅僧が須磨の浦を訪れる場面で始まる.そこで旅僧は曰くありげな一本の松を見つけて,それがかつてこの地で在原行平に寵愛された松風,村雨という二人の女性の旧跡であることを知って,弔いの念仏をあげるのである.
その後旅僧は藻塩小屋で,「まだ人間世界に執着」している松風と村雨の亡霊に出会う.いまだに亡き行平への思いを断ちかねている松風は,「どこにいようが何をしていようが一日じゅう,恋が身体に責めて来るのでどうしようもなく,涙に泣き伏してしまう」と打ち明けて,行平形見の烏帽子と狩衣を身に着けるのだが,やがて彼女には行平の姿が見えるようになる.「まあうれしい! あそこに行平さまがお立ちになっている.松風来いと呼んでいられますぞ.さあ行きましょう」.
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