Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
はじめに
表面筋電図(EMG)は,筋が収縮する際に発生する微弱な活動電位を電気的信号として抽出・記録したものであり,電気生理学的評価法の一つに分類される.このEMG信号のなかには,振幅,時間,周波数の情報が含まれている.そして,振幅情報に注目した積分筋電図解析(IEMG)や,周波数情報に注目したフーリエ変換を用いたEMG周波数解析はよく知られている.
特に後者のEMG周波数解析においては,1965年の高速フーリエ変換(fast Fourier transform;FFT)の登場で,その解析スピードは飛躍的に向上した1).現在では,コンピュータの低価格化とパッケージソフトの普及などで,臨床においても広く利用されている.FFTを用いた周波数解析は,EMGの信号波形をさまざまな周波数成分に分解し,その周波数領域のパワー特性を明らかにしたものである.これまでの研究から,特に筋線維レベルにおいて遅筋線維(type I線維)は低周波帯成分を,速筋線維(typeⅡa,Ⅱb線維)は高周波帯成分を反映すると考えられている2,3).そして,このパワースペクトル情報から,筋の疲労4,5)や筋線維組成比率6,8),さらに,運動単位の活動様式の推測3,9)などが行われ,筋の質的評価と呼ばれている.
しかし,FFTを用いた周波数解析には,大きく分けて2つの課題が残されている.
まず1点目の課題は,FFTは信号波形の定常性を仮定した解析手法のため,その多くが等尺性収縮による静的な筋活動評価に制限されていることである.そのためにFFTでは,日常生活動作(ADL)のように,ある一連の動作における瞬時のEMGパワースペクトルや,その連続するパワースペクトル変化を解析することは困難である.つまり,FFTはADLに則した筋の質的評価には力を発揮できない.これに対し,近年われわれは,非定常信号波形の解析に力を発揮するwavelet変換を歩行時の表面筋電図解析に応用し,新たな周波数解析評価としての可能性を報告した10).このwavelet変換の最大の特徴は,“周波数解析の局所化”,すなわち,時々刻々と変化する瞬時の周波数解析ができることである,理論上,このwavelet変換により,従来の静的評価に加え,あらゆるADLにおける筋の動的質的評価が可能となった.
2点目の課題は,組織形態レベルでの関連性について,その研究対象の多くは健常者であり,廃用性筋萎縮を来した筋組織とパワースペクトルとの関連性は,われわれの知りうる限り検証されていないことである.リハビリテーションにおいて重要なのは,正常ベースでない廃用性筋萎縮を来した筋の特性であり,歩行や階段昇降といったADLに則した骨格筋筋活動の質的評価である.本稿では,wavelet変換の理解を容易にするため,従来のFFTと比較しながら,その解析手法の特徴について解説する.そして,実際に廃用性筋萎縮を来した股関節疾患患者の筋を対象に,wavelet変換を用いた静的・動的周波数解析を行い,その結果を組織学的レベルから検証し,同解析手法の意義について述べる.
Copyright © 2002, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.