巻頭言
生活のにおい
稲川 利光
1
1NTT東日本伊豆病院リハビリテーション科
pp.983
発行日 2001年11月10日
Published Date 2001/11/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552109614
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敷き詰めた布団に寝ていると,額に冷たいものが落ちてくる.横にいる祖父が「雪だ,雪だ」と騒ぎ出す.見上げると反り返った天井の板の隙間から小さな雪が舞い込んでいる.祖父と私,感動して見上げていると,「早く眠れ」と祖母の声.そして,電気を消す.しばらくすると,また祖父が「星だ,星だ」と騒ぎ出す.祖父の寝ているところから,天井の隙間と瓦の隙間を通して,ひと粒の星の光がもれている.外は粉雪まじりの風が吹き,布団の中は暖かい.祖父と私は寄り添ってわずかな隙間から夜空の星を眺めていた.
終戦後,一文無しで引き揚げてきた祖父母と両親.住み着いた六畳二間のおんぼろ長屋.そこで私が生まれた.貧しいながらも居心地の良い場所だった.祖父母が亡くなってもう久しいが,私の記憶の片隅には祖父母の暖かな感触が今も残っている.
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