Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
坂口安吾の『白痴』―「気違い」の隣人
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害学系
pp.387
発行日 1999年4月10日
Published Date 1999/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552108958
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坂口安吾の『白痴』(昭和21年)は,戦時下における場末の小工場とアパートにとりかこまれた商店街を舞台にした短編だが,この荒廃した街の最大の人物は,主人公の隣りに住む「気違い」だった.彼は,相当な資産家なのだが,そんな彼がわざわざこんな路地を選んで家を建てたのも,「泥棒乃至無用の者の侵入を極度に嫌った結果」だった.彼の家の玄関は,門と正反対の裏側にあって,グルリと建物を廻らないと辿り着くことができない構造になっていた.彼は,「浮世の俗物どもを好んでいない」のである.
彼の年齢は30歳前後で,万巻の読書に疲れたような顔をしていた.防空演習があった時,彼は,「着流し姿でゲタゲタ笑いながら見物していた」が,俄に防空服装に着替えたかと思うと,バケツをひったくって奇妙な声をかけて水を汲んだり投げたりした.そして,梯子をかけて塀に登り,屋根の上から,演説を始めたのである.
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