Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
安部公房の『他人の顔』―障害と孤独
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害学系
pp.672
発行日 1997年7月10日
Published Date 1997/7/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552108430
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昭和39年に発表された安部公房の『他人の顔』は,液体空気の爆発で顔面にケロイド状の瘢痕を負った男が,仮面を作ることで周囲からの孤立や疎外状況からの脱却を図るという物語である.そのため,『他人の顔』には,障害者の心理を考えるうえで示唆的な記述が数多く見られるが,とりわけ興味深いのは,主人公の自らの障害に対する考え方が変化していく過程である.
最初,主人公は,自分の障害を他の誰とも共有することのできないものと捉えて,「なによりもいけないことは,ぼくの運命が,あまりにも特殊で,個人的すぎることだ」と思っていた.彼は,「飢えや,失恋や,失業や,病気や,破産や,天災や,犯罪の露見などとはちがって,ぼくの苦しみには,他人と共有しあえる要素が,まったく欠けている.ぼくの不幸は,あくまでもぼくだけに限ったことで,他人と共通の話題には,絶対になりえない」と,自らの障害の特殊性を誇張して考えていたのである.
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