Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
『他人の顔』の夫婦関係―身近な他者の役割
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害学系
pp.501
発行日 2000年5月10日
Published Date 2000/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552109240
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安部公房の『他人の顔』(新潮社,昭和39年)には,顔面の損傷による孤独や疎外を,現代人の特性として社会化・一般化することで心慰められる主人公の姿が描かれているが(総合リハ25:672,1997),実は彼の孤独や疎外は,彼と妻との関係という,より個人的な事情に由来するのではないかと思える節がある.
『他人の顔』は,「はるかな迷路のひだを通り抜けて,とうとうおまえがやって来た」という一文で始まるように,そのほとんどが,主人公が自分の心情を妻に宛てて綴った手記からなっている.主人公にとって,妻は「第一号の他人」であり,妻こそは「最初に,通路を回復しなければならない相手」だったのである.したがって,「なんとしても,おまえを失うことだけはしたくなかった.おまえの喪失は,そのまま,世界の喪失の象徴のように思われることだろう」と語るように,妻との関係の断絶は,そのまま他者や世間との関係の断絶を意味していた.そのため主人公は,妻から見捨てられることを恐れ,顔面損傷後失われていた妻との関係を修復するために,仮面を作ろうとするのである.
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