巻頭言
あとみよそわか
大田 仁史
1
1茨城県立医療大学
pp.497
発行日 1996年6月10日
Published Date 1996/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552108119
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2年ほど前だったか,新聞の川柳欄に「今わしはなにを探しているのやら」というのがあった.この川柳が私の頭を離れない.きびしく世相をつき,私たちの生きていく価値規範を根底で問いかけていると思ったからである.たしかに,二十世紀の後半,日本は戦後の復興と物の豊かさをひたすら求めてきた.モーレツに働きぬいてきた人たちのおかげでどうやらそれを手中にした.しかし,働きぬいて老い,そして老いさらばえようとしているこの人たちがその恩恵をこうむっているとは思えない.物においてしかり,心においてしかり.川柳の主張はその問いにある.
元検事総長の伊藤栄樹氏は不治の病に臥してから「人は死ねばゴミになる」と言う本を著したが,医療や介護の現場には生きていてもゴミのごとく扱われているとしか思えない重度の障害者や高齢者の人々が大勢おられる.しかし国民はそのような人たちへの医療費や介護費用の捻出のコンセンサスを得ることに悪戦苦闘している.これが世界に冠たる先進国の姿だろうか.明らかに日本はカネに負けている.自分の生きる意味を見いだせなくなった人々.他者を気遣う心を失った人々.これは明らかに金色夜叉の世界である.
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