Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
アイデンティティからの自由―「自己」への囚われ
高橋 正雄
1
1東京大学医学部精神衛生・看護学教室
pp.529
発行日 1993年6月10日
Published Date 1993/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552107387
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「アンナ・カレーニナ」(工藤精一郎訳,集英社)の最終章には,トルストイが自らの分身たるレーヴィンに,彼一流のアイデンティティ論を語らせる場面がある.
レーヴィンは広大な領地を経営する田舎貴族だが,彼は「自分の内部の苦しい分裂に悩み,そこから抜け出すために,精神力のすべてを緊張させていた」.彼を悩ませていたのは,「おれはいったい何者なのか?そしておれはどこにいるのか?何のためにここにいるのか?」といった,いわば自らのアイデンティティを巡る問題である.レーヴィンは「すべてのものにこの問題に対する関係をさぐって」いて,「おれが何者で,何のために生まれてきたのかを,知らずには,とても生きていかれない.ところがおれはそれを知ることができない,したがって,生きていくわけにはいかない」とまで思い詰める.
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