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はじめに
旧精神衛生法が精神保健法として改正され,1988年から施行された.改正の柱の一つとして「精神障害者の社会復帰の促進」が謳われている.また,これに先立つ厚生省による精神衛生実態調査(1983年)報告においては,主治医の判断により,精神科に入院中の患者約34万人中,30%以上が「退院して社会生活可能」ないし「条件が整えば退院の可能性がある」とされた.このような背景には,精神障害者の社会復帰・リハビリテーションの促進を求める患者・家族や医療・保健・福祉等関係者の努力があったことはいうまでもないであろう.そして,精神障害者のリハビリテーションを、入院医療費削減の方便としてではなく,量的・質的にさらに充実させてゆくことが求められていると思われる.
我が国においては,精神障害者の社会復帰は,その必要性が叫ばれながら,身体障害者や精神発達遅滞者に比しても,社会復帰や福祉に関する法的根拠が乏しいなど,制度的社会的には遅れた分野であったといえよう.しかし,このような状況のもとでも,精神障害者の社会復帰・地域(在宅)ケアなどの広義の社会リハビリテーションの分野では,実践面でもかなりの到達点を有している.例えば、病院等での生活療法・作業療法,保健婦等による在宅患者へのケア,保健所・病院などでのデイケアの活動,全国組織をもつ精神障害者家族会への活動,全国約400か所に広がっている小規模作業所の活動・運動などがあげられよう.
また,理論面でもいくたの重要な解明がなされている.例えば,生活臨床27,29)においては分裂病患者の生活行動上の特徴を観察し,その特徴に基づいて生活上の行動を焦点とした治療的接近(働きかけ)を行ってきた.そして,分裂病患者の生活行動・価値志向の歪みの特徴の類型化とそれに応じた治療法など,精神分裂病患者の生活行動上の障害とその治療に関する実践的理論化もなされた.また,上田26)による「疾患によって起こった生活上の困難・不自由・不利益」という障害の定義と,障害の3レベル(impairment-disability-handicap)論を参考に,蜂矢6)は従来疾患の結果として捉えられていた精神障害においても,「疾患」と相対的に独立した「障害」としての把握および障害へのアプローチの重要性を強調した.また,臺28)はimpairmantに基づく生活能力の低下,およびそれに失敗や経験不足などによる二次的影響の加わった「生活障害」をdisabilityにあて,生活療法の対象となるべき課題は生活障害にほかならないとしている.これらの理論的解明に共通して,精神障害者のリハビリテーションにおいては,「生活」に焦点をあてる必要性が明らかにされている.
このように,我が国においても,精神障害者のリハビリテーションについては,社会的不備にもかかわらず,実践的・理論的に一定の到達を有しており,今後の量的質的発展のためには,精神障害者に関する生物学的および心理社会的知見に基づく理論的基盤をもった系統的包括的アプローチ・リハビリテーション技術化がさらに必要と考えられる.
本論文では,そのような系統的包括的アプローチの例として,アメリカ合衆国(米国)のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)リバーマン教授らの方法によるSocial Skills Training(生活技能訓練)の基本的特徴と米国での現況を紹介し,ついで生活技能訓練の技法を取り入れたリハビリテーション・システムの例を示す.さらに,我が国での生活技能訓練の普及と実践の実例を紹介し,我が国での生活技能訓練の可能性と課題を検討する.
なお,以下においては,精神障害の中でも,発病危検率が約0.8%と比較的高く,日本の精神病床の入院患者の6割以上を占める精神分裂病(以下,分裂病)を対象にして論ずる.
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