- 有料閲覧
- 文献概要
私は車イスの弁護士であるが,ある担当事件で関西に出張した時,新幹線のプラットホームで一つの体験をした.私は仕事で出張する際,特別のことがないかぎり,付添人なしで一人で車イスで出掛けることにしているのであるが,その日も例によって一人で新幹線に乗り込もうとしたときのことであった.プラットホームから車イスを車両に入れるため,車イスの前車輪(キャスターという)をひょいと上げて中に入れようとしたとき,私の背後から一人の男が車イスに手をかけようとしたらしいのである.“したらしい”という言い方になるのは,その男は私のうしろから近づいてきたため,私自身自分の目で男の動作を確認できなかったことと,その男が私の車イスに手をかけようとする直前にプラットホームにいた鉄道公安官らしき人に両うでをはがいじめにされたらしい.また,“らしい”といったのは,私はその男に妨害されることもなく,一瞬のうちに,そのまま車内に入り,うしろの人の声と動きに気付いてすぐ車イスを回転させてホームをふり向くと,私の目に写った光景はある男が鉄道公安官らしき人にうでをつかまれ少しもみ合っているところであった.男はかなり酒に酔っている様子で,もし男の手が私の車イスにさわっていたら,キャスターを上げた状態だったことから,あわや転倒といった事態も生じかねないところであった.もっとも,その男がいたずらをするために私の車イスに近づいたか,あるいは,手伝ってやろうと思って近づいたのかははっきりしない.何故なら,その男は私の車イスに手をかける直前にとりおさえられたからである.しかし,仮りに手伝ってやろうとして近づいたとしても,かなり酔って足もふらついている様子だったことから,うまく手伝うことができたかどうかは疑問である.これはほんの数秒の出来事である.列車がすぐに発車したため,その後この男がどうなったかは知らない.
Copyright © 1981, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.