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はじめに
脳血管障害およびその後遺症(主として片麻痺)の治療については,東洋医学の領域では古来から主要な標的疾患の一つとされ,現代中国医学(以下,中医学と略)においても中医内科や針灸学の成書に,しばしば遭遇する主要疾患の列中に挙げられ詳細な治療指針の記述がある.
片麻痺の針治療を述べるに当って,参考までに,かいつまんで中医学の脳卒中論―中風論―について概説を加えておく.
中風論について
中医学では致病因子を“七情・六淫”という概念で概括する.喜・怒・憂・思・悲・恐・驚などの精神情動活動が,時間的または量的に生理的な調節限界を超えると生体の機能失調を起す内因となり,これを“内傷七情”と呼ぶ.外因としては本来は自然界の気候の変化である“六気”,即ち風・寒・暑・湿・燥・火が自然界の急激な変化あるいはこれを感受する側の生体の条件によっては侵襲因子としての“邪気”に転化するとして,これを“外感六淫”と呼び,風邪から火邪の6種に帰属させ,これらの邪気に起因する病態を総括して“外感疾病”とした.一方,病因的には明らかに外因によらないが臨床上外感疾病に類似した症候を呈する病態については,病因を生体の恒常性の失調に求め,外感六淫に対し内風から内火までいわば内感六淫ともいうべき慨念を設けている.
この六淫の邪気の中で“風”は最も重要な致病因子として認識し,「風為六淫之首,是百病之長」とする.
また中医学では邪気が体内に侵入する深さを表層から深層の順に“感”“傷”“中”に区別し,“中”とは体内の最も深層に邪気が侵入した状態を指し,また“中”は何物かに“あたる”という意味を併せ持つ.つまり“中風”とは全く突然にあたかも支えを失った立木が強風に会って地面に倒れるがごとき脳卒中の発症状態と,その病因とを併せて表現したものと解釈できる.
“風”が起因する病態については,すでに中医学の原典といわれる「黄帝内経」(戦国時代:B.C. 700~221に編纂されたもの)に“風論”として詳述されているが,病因的には“外風”“内風”の区別はない.下って唐時代(A.C.: 265~960)に編集された「千金方」に始めて“卒中風”の字句が現われ,“外風”(外因)による諸病,例えば寒冒,結膜炎,腎孟炎などを“真中風”とし,卒中や半身不随は“内風”(内因)に起因する病態として“類中風”と呼び,病因別分類が確立されたという1).
現代中医学では中風の病態を病期と病情によって次のように分類する.即ち,急性期でしかも意識障害を伴う状態を“中臓腑”といい,vital signが良好なものを“閉症”,悪いものを“脱症”とし,急性期といえども軽症のもの並びに後遺症の状態を“中経絡”と呼ぶ.“中臓腑”とは風邪が体内深部に侵入し臓器器官に侵襲が及んだ状態を指し,その状態で邪気の勢力と生体の防衛力との間に激しい抗争が行われている状態が“閉症”であり,均衡が破れて生体の防衛線が崩壊しつつある状態が“脱症”である.
中医学では生体の恒常性を支えるために必要な“気”なる概念上の物質を想定し,“気”が全身を循る経路は現代医学で体系づけられている脈管系以外のものとしてこれを経絡と名付けた.この経絡学説は,生体をバランスのとれた統一機能体たらしめるための体内エネルギー循環系統であるとする中医学の基礎埋論の一つであり,針灸学の所依の理論でもある.“中経絡”とは,風邪が経絡に侵入したため“気”の運行が阻害されるために運動障害や知覚異常が起るという認識に立脚した考え方である.
さて中医学の治療方法は,湯液で代表される内治法と針灸で代表される外治法に大別されるが,共に治療方針は“弁証施治の法則”で導かれる.弁証とは中医学の診察法である“四診”即ち望診(視診),聞診(聴診),問診,切診(触診)から得られた情報を,疾病の深浅を表裏でとらえ,属性を寒熱で現わし,病期は邪気と正気の盛衰のさまを虚実をもって弁別し,更に全体を総括して陰症と陽症に概括することである.つまり表・実・熱は陽症に,裏・虚・寒は陰症に帰属する.そして針冶療のごく一般的な治療原則は,陽症には過実分を取り去る“瀉法”が,陰症には足らざるを補う“補法”が適用される.この治療原則を中風の各病症に適応すると,急性期の閉症には“風”が“熱”と化したものを泄し,上昇した“気”を下し,脱症には“気”の体外への流出を防ぎ活力を養わせ,軽症(主として片麻痺)には“風邪”を経路から駆遂して“気”の循環を促通させることが治療のポイントになる.
以上が中医学の中風の診断と治療の概要であるが,中風論でも判るように現代系統医学の観点からは難解というよりは次元を異にする思考体系であるため,比較論すら成立しない側面を持っている.しかし一面では,局所の病変も必ず全生体との関連性を観察した上で病態を把握し,対症療法と根治療法とが一体となった治療法を導き出すという独特な理論体系を持っており,高度な専門分科により専門家的修飾に走りやすい現代臨床医学に警告的な示唆を与える側面をも持っている.現代中国においても,唯心的,形而上学的な面を排除し,合理的な部分を吸収する態度で祖国医学を批判的に継承し,現代医学との結合によって新しい医療体系の創造が懸命に続けられている.先年中国に遊学した筆者は肌でその姿に接する機会を得た.
以下,中医学理論に基づく治療法の解説は紙面の都合上割愛し,主として現代医学との接点を求めることに焦点を合わせ,針灸治療と片麻痺のリハビリテーション(以下,リハと略す)とのかかわり合いを筆者の臨床経験を中心に述べる.
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