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急性心筋硬塞の治療にあたって,リハビリテーション医学的な観点に立って,病初より計画的かつ積極的運動訓練を施行し,可能な限り早期に社会復帰を行わせるべきであるという考え方を最初に提唱したのは,P.D. White1)であるといってよいであろう.彼が,当時の大統領アイゼンハウアー氏を,その心筋硬塞の病床から,きわめて早期にホワイトハウスのデスクに見事にカムバックさせて,その考えを立証したことはあまりにも有名である.次いで1952年,L.B. Newman2)は,Arch. Int. Med. に一文をのせ,その表題に初めて「Physical Medicine and Rehabilitation in Acute Myocardial Infarction」というタイトルを冠している.この頃より,急性心筋硬塞の治療の方向は,それ以前の長期安静第一主義より,次第に早期離床,早期社会復帰への方向に転じはじめたと考えられる.1957年,硬塞後の側副血行路の発達が,運動負荷訓練によって大きく助長されることを示したR.W. Eckstein3)の実験が示されるに及んで,その方向転換はさらに拍車をかけられたといってよいであろう.さらに1961年,H.O. Cain4)は,これら先人の示した基本的理念にもとづいて,より具体的な訓練プログラムを提示し,これらの考え方をさらに前進させた.この頃より,多くの循環器臨床医の目は次第にリハビリテーション医学的な方向に転じはじめ,一方,長期臥床による各種の不利な偶発症の経験と相まって,本症における早期離床への関心が一層高まってきたとみなしてよいであろう.
これら先人の業績を要約すると,心筋硬塞のリハビリテーションの基本原則は,病期のそれぞれの段階において常にsafety maximumの運動負荷訓練を行うことにある.従ってそのためには,正しい評価と適切な負荷の二者が車の両輪のように常に平行してすすめられなければならない.言いかえれば,この二者をいかに巧みに組み合わせることによって,最短の期間で,最大の効果を上げうるかということが,本症のリハビリテーションのポイントである.そのためには,発病当初における救急医療の段階がすみ次第,直ちにリハビリテーションへの配慮がなされなければならない.そして,常に運動負荷に対する耐容能の評価と,それを越えない範囲での最大の運動訓練を平行してすすめてゆくというのが原則的な姿勢である.
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