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問題の特徴
老人におけるコミュニケーション障害のうち,もっとも高頻度に見られるのが難聴である.米国では65歳以上の人口の30~50%に社会生活上ハンディキャップとなるような聴力の障害があるといわれている1).東京都養育院養護老人ホーム新入寮の入寮者を対象とした調査2)では,61歳以上の老人136名中,約20%の老人に,語音域(500Hz,1000Hz,2000Hz)の平均聴力損失値が30dB以上の難聴が見られた注1).また,難聴の自覚の有無についての問診で,耳が聞こえにくいという自覚症状を持っているものは全体の41%であり,語音域で20dB以上の聴力損失を持っている人達とほぼ一致していた.設楽3)によれば,聴力損失値が1000Hzにおいて30dBを越えると老人は難聴を訴えるという.同じく施設老人を対象としたBloomerら4)の調査によれば,50~60%の老人は何らかの聴力損失を示し,そのうちの25~35%は聴力損失に対する適応が非常に困難であったと報告されている.このように,難聴は多くの老人に見られ,しかも年齢と共に聴力の低下(特に高音域での)が著明となることが知られている1,5,6).図1に示すように40歳を越えると高音域から聴力の低下が起こりはじめ,50歳代以後になると著しく進行する.また老人の聴力低下の特徴の1つとして,年齢と共に聴力の個人差が大きくなる傾向も認められている6).このような加齢に伴う聴覚の低下は,病理組織学的に内耳コルチ氏器の変化と,伝導路および中枢としてのラセン神経節から聴皮質までの変化によるものとされている6).
ここ十数年,急激な勢いで人口の老齢化が進みつつあるが,それに伴って種々の重大な社会的ひずみや適応上の問題が生じていることもまた事実である.視力や聴力は,精神機能の基礎としての外界の刺激の受容にとって特に重要な感覚系路であり,こうした機能の低下は,老齢による身体諸機能の低下や種々の慢性疾患の出現と相俟って,老人の適応力をさらに制限する因子となる.金子7),は,「ことに聴力の減退は会話を困難にするだけでなく,老人を疑い深くさせ,ときには関係妄想を発生させ,また新しいことの学習能力をなくして知能減退をきたし,新時代についていけなく」すると述べている.つまり一定以上の難聴があると家庭・施設あるいは地域社会でのさまざまな活動に参加することが困難になり,ことばや音を通じての環境との暖かい触れ合いが奪われてしまうのである.このように見てくると,老人に対する聴覚的リハビリテーションの必要性は十分に認められるべきものであるが,現実にはその効果があまり期待できないものとされ,これまでほとんど実施されない傾向にあった.その理由としては,①一般に老化の一現象として受けとめられ,積極的な対策が考えられなかったこと,②老人自身の意欲のなさ,③学習能力・理解力などの低下があること,④専門的指導なしに補聴器を購入したために,十分に使いこなすことができず,その結果補聴器に対する不信感を持つようになる人が多いこと,などがあげられる.
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