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はじめに
現在,わが国の脳血管疾患患者の受療率は年毎に増加をみせ,1990年,1993年の調査では高率のまま推移している1).しかし,死亡率は1965年をピークに年々減少してきている.厚生省の平成8年度の障害者実態調査では,肢体不自由者165.7万人のうち,脳血管疾患によるものは35.9万人と推計されている2).高齢者の増加とともに,脳血管障害による片麻痺,高次脳機能障害などのさまざまな後遺症をかかえ,施設や在宅で療養する脳血管障害者が増加していることを示している.これからは,施設,在宅で生活する脳血管障害者のために,質の高い,健やかで生きがいのある生活を実現させるような努力が社会に求められている.
生命の質もしくは生活の質(Quality of Life;QOL)は,社会学,心理学,医学などの分野で研究されているが,その目的は,それぞれの分野で異なっている.医療の分野では特に近年,QOLに目が向けられるようになってきた.その背景には第1に疾病構造の変化がある.1950年代に病気や死亡の主な原因は感染症から慢性疾患に変化した.病気をもちながら心理社会的に安定した生活を送らねばならない状況が生じ,そのために心理社会的な側面をも含めた「生活の質」を考慮する必要がでてきた.第2は医療技術の進歩によって長寿がもたらされたことである.長寿により,日常生活,社会生活などに満足のいく生活を送りたいという要求が高まり,従来からの医療転帰の評価だけでなく,主観的評価などを加えたより包括的な尺度が必要になったからである3).
リハビリテーションにおいては,QOLは身体的,心理社会的に満足のいく状態(well-being:安寧,幸福,福祉)に対応する概念として捉えられている.QOLの概念は,社会的役割の遂行,身体的状態,精神的状態(情緒,知的),社会的関係,経済的状態,自覚的(主観的)健康状態などが含まれている4,5).これらの概念を適切な尺度を用いて評価できれば,QOLの多義性,多面性を明らかにし,リハビリテーション治療過程に役立つ知見を得ることができると考えられる.現在リハビリテーション医学でQOL尺度として用いられているもののなかで,Philadelphia Geriatric Center Moral Scale6)(以下,PGCモラールスケール),Life Satisfaction Index A(以下,LSIA),Life Satisfaction Index K(以下,LSIK)などの尺度7)は,高齢者の心理的な状態の一部分としての「幸福な老い」を評価できる信頼性の高い尺度であることが確認されている.
一方,ある健康(疾病,障害)状態におかれている患者(障害者)の健康に対する主観的な評価は,健康に関するQOL(Health-related QOL;以下,HRQOL)としてより限定的に定義されている3).HRQOLは,健康の回復,保持,増進を目的とした介入(治療,看護,介護,リハビリテーション,メンタルヘルスケア,等)の効果を判定する際や,より個別的な介入を行うために健康状態をきめ細かく評価することが求められる場合に利用される.HRQOLの測定は,The MOS Short Form 36(SF-36),GoldbergのGeneral Health Questionnaire(GHQ),The EuroQOL Group 1990(EuroQOL)などが用いられていて3),呼吸器疾患,高血圧,糖尿病などの慢性疾患患者を対象に信頼性が確認されているものもある.
精神的状態(情緒,知的),社会的人間関係,経済的状態,自覚的(主観的)健康状態など人間の心理的要因が含まれる質問紙に回答するためには,一定水準以上の認知機能が必要とされる.QOLの尺度は,一般高齢者や,高血圧,糖尿病などの慢性疾患患者のために開発されたものが多いが,高次脳機能障害を伴うことが多い脳卒中後遺症者に対して,高齢者を対象としたQOL尺度や,高血圧,糖尿病などの慢性疾患患者を対象とした尺度の回答に信頼性のある結果が得られるかについては十分な検討は行われていない8,9).
本研究では脳卒中後遺症高齢者を対象に,高齢者,障害者の評価に用いられている評価尺度の信頼性を検討することを目的とした.検討の対象としたQOLの構成概念は,前述したさまざまなQOLの尺度のなかから,特に①老人の主観的幸福感を測定するとされる「生活満足度」,② 脳卒中後の精神的健康状態と関係が深い「不安・うつ」,③ 早くから高齢者とのかかわりが注目されていた「自尊感情」10),そして ④ 社会的な役割に対する主観的な評価を「社会的健康感」と定義し,これらの4つの概念を用いた.「生活満足度」はLSIK,「不安・うつ」と「自尊感情」は,GHQの「不安・うつ」の尺度の6項目とRosenbergの「自尊感情」の尺度の5項目を使用した.「社会的健康感」はSF-36の身体的原因による役割制限(身体役割),心理的制限による役割制限(精神役割)と社会的機能を用いて測定した.
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