Sweet Spot 文学に見るリハビリテーション
ベートーヴェンの『ハイリゲンシュタットの遺書』―『運命』と障害受容
高橋 正雄
1
1筑波大学心身障害者学系
pp.490
発行日 2003年5月10日
Published Date 2003/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1552100772
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1802年10月,ベートーヴェン(1770~1827)が32歳の時に書いた『ハイリゲンシュタットの遺書』(大築邦雄訳,『ベートーヴェン』,音楽之友社)には,聴覚障害ゆえに一時は死をも思いつめたベートーヴェンの苦悩が綴られている.
弟たちに宛てたこの手紙のなかで,ベートーヴェンは自らの聴覚障害について,「6年このかた不治の病におかされ,つまらぬ医師たちにより,一そう病を重くされ,年ごとによくなる望みにあざむかれ,遂に慢性の病となった」,「生まれつき情熱あり快活で,交際も楽しむ自分が,若くして退き,孤独な生活を送ることになったのだ.時にはすべてを乗りこえようとしたが,おお,耳が悪いことから,いつも二重の悲しい思いではね返されてきた」と語る.医師の勧めに従って田舎暮らしをするなかで,遠くの笛の音や牧人の歌が聞こえないという経験をしたベートーヴェンは,「ほとんど絶望し,あわや自殺しようともした」のである.だが,べートーヴェンはその直後,「ただ芸術だけが僕を連れもどした」と語る.彼は,「自分に課せられた創造をすべてやりとげるまでは,この世を棄てることなどできぬと考えたのだ」として,聴覚障害に伴う心理的な危機を芸術に対する使命感によって乗り越えたと言うのである.
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