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はじめに
更衣動作は幼少時に獲得し,ほぼ自動化された動作である.健常者の更衣動作は個人により異なりを示しているが,各個人の違いがあっても,それは容易に次の動作の展開に移行していくものである.
一方,脳血管障害後遺症をもつ片麻痺患者(以下,片麻痺患者)が更衣動作に困難を示していることは数多く報告されている1-4).その困難の原因には,動作手順の混乱や衣服の方向付けができないなどの,知覚・認知を含む高次機能の問題5-9)があり,また,片麻痺患者の視覚情報の取り込みの問題10-14)も一因と考えられる.さらに,運動障害,感覚障害を起因とする上肢や体幹の機能低下・巧緻性の低下15-20)によるものもあげられる.
筆者らは臨床を行っていくうえで,以下の点に疑問をもった.それは,①更衣動作が困難な片麻痺患者が着衣を行う場合,袖が見つけられず混乱する姿を多数見かける1,2),②視点が一点に固着し移動しにくい21)ことである.臨床場面では①,②に加え,操作している衣服の全体を見るような視野の広がりが乏しい傾向があることを経験する.このような状況に遭遇するたびに,更衣動作のスムーズな遂行には,効率の良い何らかの視覚的手がかりの取り込みの過程があるのではないかと考えた.視覚的手がかりの取り込みについては,健常者の衣服の確認には視覚情報が関与するが,腕を通す動作においては視覚情報の関与が少ないという報告22)があるが,詳細な調査はなされていない.
一般に何かを見るということは,頻繁な眼球運動において視覚対象物への固視位置(以下,固視点)を変え,視覚対象物の情報を取り込もうとすることである.人間の中心窩の直径は0.24mmから0.3mm,視角は55度から70度であり23),非常に狭く,そこからわずか数度ずれるだけで,視力は極端に低下すると言われる24).つまり,大きな視覚対象物の全体を捉えようとすれば,広く多くの固視点の移動を必要とすることが推測される.一方,固視時間は網膜から取り込まれた視覚情報が脳内で処理,認識されるのに必要な時間である25).物をよく見ようとするとき,その一点を集中して見つめることは,日常的によく経験する.同様に識別を必要とするものは固視時間が長くなる傾向があることから26),健常者の固視時間は,一定の光度下において,視覚対象物の状態および取り込もうとする視覚情報の内容に,影響を受けるものと考える.また,視覚による探索行動は固視とサッケードの組み合わせによって行われており,何かを点検するときなど,サッケードの頻度が注意機能の活発さの指標になり得る25,27).よって固視回数はサッケードの回数と関連し,単位時間あたりの固視回数は,視覚対象物の情報の取り込みの活性状況を示すものと考えられる.
そこで,筆者らは片麻痺患者の更衣動作中の眼球運動を解析し,固視点の位置から視覚的手がかりを抽出し,その取り込み過程を明らかにすることで,片麻痺患者の更衣動作の遂行を困難にしている要因のいくつかを解明できるのではないかと考えた.視覚的手がかりとは,動作を遂行するにあたり必要な視覚情報であり,視覚対象物に対し固視点が定位する部位である.
本研究は,片麻痺患者の視覚的手がかりの取り込みを調査する前段として,健常者の更衣動作時における視覚的手がかりの取り込み過程を明らかにすることを目的とした.具体的には,健常者の視覚的手がかりの特徴を固視回数,固視時間,固視点および課題達成の有無から検討した.
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