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はじめに
来るべき少子高齢化社会に向けた社会保障制度の見直しが急速に進められている.特に医療費の削減は最優先課題であり,理学療法の現場でも実感できるものになってきた.このような医療費削減を背景として,エビデンスベーストメディスン(evidence-based medicine;EBM)をやや短絡的に利用した米国型の医療費削減手法が紹介されるにつれ,十分なエビデンス(治療効果に対する科学的な評価)を持たない理学療法は危機にさらされるのではないかと恐怖を覚える.第35回日本理学療法士学会では「理学療法の効果判定」を主題に積極的な意見の交換が行われ,こうした危機感は現実のものであることを伺わせる.少なくとも,理学療法は変革の時期にあることは間違いない.
とはいえ,ただやみくもに変革をすればよい訳ではなく,中長期的な視野にたって方向性を見極め,21世紀の国民の福祉に対する理学療法士の役割を明確にすることがなければ,いたずらに不安を増大させるばかりである.この時期にこれまでのパラダイムを振り返りこれからのパラダイムに思いを寄せることは,何にもまして重要なことだといえる.また,この作業は,研究者のみにその任があるのではなく,理学療法士がそれぞれ行うべき性格のものであると考えている.そこで筆者はこの随筆を問題提起としたい.
ところでパラダイム(paradigm)とは,トーマス・クーンの定義によれば,「一般に認められた科学的業績で,一時期の間,専門家に対して問いや答え方のモデルを与えるもの.……また,ほかの対立競争する科学研究活動を棄てて,それを支持しようとする特に熱心なグループを集めるほど,前例のないユニークさをもつもの」であるとされており1),専門家集団に存在する一種のドグマとしての意味合いで紹介された2).理学療法を含む医学は応用科学であり,医学の進歩は,自身の進歩というよりは周辺科学の進歩に依存することが大きい.分子生物学やナノテクノロジーの進歩はこれまでの理学療法を根本的に変革させてしまう本来の意味でのパラダイムを提供する可能性を含んでいるが,こうした科学論は私の手に余るものであるし,発展の方向性が予測不可能な部分も多分に含んでいる.
そこでここでは,パラダイムをドグマを打ち崩すほどの革命的な科学的業績というよりはむしろ,専門家集団が共有しうる考え方という意味で捉え,特により卑近な社会保障制度の変革と,それに対する理学療法士の役割の変化を考えるうえで重要であると考えているパラダイムについて焦点をあてて述べたい.
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