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1.はじめに
わが国は21世紀前半に本格的少子・高齢社会を迎えることになる.その時代の社会経済状況の安定をはかりつつ,いかに1人ひとりの国民の老後の生活の安定と健康および障害を有していても安心して暮らせる生活を構築できるかどうかが,国民の大きな期待と関心である.そして行政の大きな課題でもある.しかし今日の状況は,着実に進展している社会経済状況の変化に対して明確かつ適切な解答を提示し,国民に支持の得られるまでに成熟していないというのが率直な印象である.
平成7年からはじまった新介護システムの構築の一環としての介護保険制度に関する検討は,平成8年4月の老人保健福祉審議会における最終報告によって一段落したかに見えたが,舞台が政治の場におよび振り出しに戻った印象すらする.国の総医療費高騰の抑制施策が,国家財政の破綻の前提という命題に沿った戦略課題が,介護保険制度の早急な創設であった.しかし,舞台が問題の多い小選挙区制による総選挙とも重なってくると,秋の臨時国会に向け様々な利害が混入して,国民の切実な期待と関心は影が薄れてくる.嘆かわしいがそれが現状でもある.市町村の意向が十分反映されないで突き進んできたツケがここにきて一気に吹き出てきたわけである.今後の状況の推移で都道府県の役割,国の責任がどのように明確化された法案となるかが重要である.市町村が,財政・運営面で責任をもって実施できる体制づくりが鍵である. 老人保健福祉審議会最終報告における問題点を整理し,21世紀の保健医療福祉の課題に的確に応える内容の法案を準備してゆくことが,今日的緊急課題である.しかし森を見ずに,1本1本の木しか見ていないような拙速な論議は避けるべきで,政争の具と化さないよう国民の注視が必要である.
理学療法士は,国民の期待する21世紀の日本社会構築にどのように応えようとしているのか.この質問に対しての応答は,保健医療福祉など関連分野の社会的統済的ニーズに対して量的質的視点に立って検討されることが望ましい.
量的側面の課題としては,①国民的需要がどの位あるのか(潜在的需要,あるいは主観的需要と仮称する),②社会的経済的需要がどの位あるのか(顕在的需要,あるいは客観的需要と仮称する;具体的に求人となって社会に顕在化する),③①と②の格差,格差の是正に何が必要か,何ができるか,④潜在的需要に対応した供給量(潜在的供給,あるいは主観的供給と仮称する;潜在的理学療法士養成数と同義),⑤顕在的需要に対応した供給量(顕在的供給,あるいは客観的供給と仮称する;顕在的あるいは客観的理学療法士養成数と同義),⑥④と⑤との格差がどの程度あるのか,その格差是正の手段は何か,⑦保健・医療・福祉そして教育・行政などの分野別の需要と供給との調和と発展,⑧経済性と効果,などが挙げられる.
質的側面の課題としては,①基礎教育課程が社会的ニーズに対応しているか,②良き臨床家(医療のみでなく保健福祉,教育,行政等の実践者)を育成しているか,③専門職構築に必要な基礎学問の充実と研究の拡充に努力しているか,④説明と同意,モラルの向上に努めているか,⑤利用者の生活理解者として対象者の社会経済状況の問題発掘・解決,利用者としての能力の育成向上,などの視点を柱として考えてみることができる.
本年8月20日に行われた厚生省医療関係者審議会理学療法士作業療法士協会部会の審議でも次の点が要検討課題となった.
1)今後の需給計画の見直し
2)カリキュラムの見直し
3)指定規則の見直し
これらの1)~3)について新しい社会経済状況を考慮にいれ,21世紀に対応してゆける量的質的内容を準備を進めることが肝要である.
文部省の医学教育の動向については,「21世紀の命と健康を守る医療人の育成を目指して」(21世紀医学・医療懇談会第1次報告)が今後の医療人育成の方向を探る上で参考になる.ここで議論となっている幾つかの点は,①医療人育成を見直す背景(社会,医学・医療,そして教育の視点),②21世紀における医療人育成の考え方(医療人としての多様な資質や地球人的活動),③21世紀における医療人育成の姿(新しい学校制度の構築,患者に学ぶ実習の充実,そして地域の中で育つ医療人)などである.
理学療法士の需給や職域の現状と今後の展望について検討するには,不明な点も多く大変難しいが,岐路に立つ理学療法士の道の展望を示せるよう努めてみる.
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