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1.はじめに
ヒトの姿勢調節機構は視覚系,前庭迷路系,および固有感覚系などからの求心性情報に基づいて立ち直り反射や四肢・躯幹の共同運動などによって制御されている.姿勢調節能力の評価法はいくつかあり,例えば,Romberg姿勢での重心動揺の測定は主に前庭迷路系の機能を評価する平衡機能検査の代表的なものである.一方,固有感覚系については外乱(床面の移動や傾斜)に対する姿勢保持反応を観察する方法1-2)がよく用いられている.したがって,ひとくちに姿勢調節能力といっても,実施した測定法がいずれの制御系の機能を最も鋭敏に反映する指標であるかを十分に理解した上で検討する必要があろう.
発育発達と老化の過程は発育期,成熟期,そして退行期に分けられる.生理機能には運動機能,感覚機能,内臓機能,脳・神経機能,精神機能などがあり,それぞれの機能によって加齢変化の過程が異なることが知られている.姿勢調節を主に司る脳・神経系の機能は,ほかの機能に比べて比較的高齢まで維持された後,老年期においてその機能低下が著しいことが指摘されている.そこで,本稿では60歳以上の高齢者を対象にして姿勢調節の加齢変化について検討するものである.
まず,高齢者を対象にして行う生理的検査や測定項目は,彼らの運動能力や理解力を十分に配慮した上で選定することが望まれる.例えば,測定動作の難易度が高いために測定の成就率が極めて低いもの,および測定が複雑なために対象者がその内容を十分に理解できないものなどは高齢者の測定として相応しくないであろう.さらに,青壮年者においては測定値の信頼性が高くとも,同じ測定を高齢者で実施した場合に測定値に著しい偏りが起こったり,再現性に乏しいものなども不適当な測定法と判断される.一般的に実施されている姿勢調節能力の測定法のなかに,これらの条件を満たしながら,高齢者の加齢現象および平衡障害を検出し得るものがどれほどあるのだろうか.また,その測定精度はいかほどであろうか.臨床場面における平衡機能検査の意義はめまい・平衡障害の有無やその程度の把握,疾患経過の観察,病巣局在診断などと考えられる.一方,健康科学においては高齢者の姿勢調節能力の維持・向上を図ることが第一の目的であり,加齢に伴う姿勢調節能力の変化を捉えて,その変化をもたらす要因を明らかにし,その上で適切な予防対策をたて,その効果を正確に判定することが求められる.そのためには姿勢調節能力の変化を鋭敏に検出し得る指標を明らかにすることが重要な条件となる.
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