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はじめに
「運動連鎖」は,本来の定義が曖昧なまま広く用いられている不思議な用語である.またその用語を用いることで身体運動を理解した気になってしまう危険性をも秘めている.
この用語の由来と思われる英語には,“kinetic chain”と“kinematic chain”という2つの言葉があり,運動力学的並びに運動学的概念のもと解釈されている1).歴史的背景としては,機械工学の分野に起源をもつ,ピンジョイントで結ばれたリンクモデルの動きを示すために用いられていた“kinetic chain”という概念を,身体運動学に適応させたのがSteindler2)であることは広く知られている.また,職種間における認識や定義も異なっており,バイオメカニクス分野においては,運動連鎖を運動学(kinematics),運動力学(kinetics)だけでなくエネルギー論(energetics)で考えるようにしているという長浜ら3)の報告もある.山岸4)は,運動連鎖という用語に踊らされることなく,解剖学,生理学,生体力学,心理学に基づく身体運動学的視点に立って,全身がどのように協応して身体運動を達成しているのかを考えることが重要であると述べている.運動連鎖の視点は理学療法を展開していくうえで必要な概念となるが,その定義を明確にしたうえで活用しなくてはならない.
歩行時における股関節の主要な役割は,体幹の安定化を図るために,骨盤・体幹を直立位に保つことである5,6).また下肢の各関節とのかかわりにより,歩行各相に課せられた役割を果たすために機能する.変形性股関節症の歩行特性としては,痛み,筋力,脚長差の側面から,疼痛性跛行,軟性墜落跛行,硬性墜落跛行とに分類されるが7),その他の特徴である,寛骨臼,大腿骨頸体角・前捻角などの構造的問題から生じる被覆率の低下や,病期進行に伴う関節可動域の低下などの要因を理解することで,多様化する変形性股関節症の歩行分析における観察ポイントがみえてくる.
本稿においては,運動連鎖の定義を股関節機能が身体に及ぼす副次的な動きと限局し,運動学並びに運動力学の視点のもとに,歩行時における股関節の役割と変形性股関節症の歩行特性について矢状面を中心に,前額面・水平面からの視点も加え解説していく.
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