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はじめに
「痛み」は“組織の実質的ないし潜在的な傷害と関連した,あるいはこのような傷害と関連して述べられる不快な感覚的,情動的体験”と定義されている.痛みは本来,生体を侵害刺激から防御するために備えられた生理的システムであるが,四肢切断後の幻肢痛や腕神経叢引き抜き損傷後疼痛,脊髄損傷後疼痛などのように神経障害が原因で自発的に疼痛が起きる神経障害性疼痛(neuropathic pain)には生体の防御系としての意味合いは全くなく,患者の訴える痛みは症状ではなく病的疼痛そのものが治療対象としての“疾患”であると認識されなければならない.
2008年にフランスから報告された大規模疫学調査では,3か月間以上疼痛が継続する慢性疼痛患者は人口の31.7%に及び,その中でも神経障害性疼痛は21.8%[人口あたり6.9%の罹患率(400万人以上)]を占めることが報告された1).このうち神経障害性疼痛患者の70%以上(人口の5.1%)は疼痛が中等度から重度と評価されており,他の慢性疼痛疾患よりも重症度が高く罹病期間も長いことが明らかになっている1).フランスのデータをもとに本邦の患者数を概算すると,本邦の神経障害性疼痛患者は少なくとも500万人以上と推計される.欧州で一般的に用いられているQOLの指標であるEQ-5D(0を死亡した状態,1を健康な状態とし0~1の間の数字でQOLを評価する尺度)を用いると平均的な神経障害性疼痛患者のEQ-5Dは0.4~0.6,重症神経障害性疼痛では0.2前後とされる2).EQ-5D=0.4~0.5はがん終末期患者が日常生活を床上で過ごしているQOLと同程度であり,また,EQ-5D=0.2は心筋梗塞患者が絶対安静状態で生活しているQOLと同程度である.このように神経障害性疼痛患者のQOL障害は著しく,神経障害性疼痛は治療対象としての“疾患”である.
国際疼痛学会は神経障害性疼痛を「体性感覚系に対する損傷や疾患によって起こる疼痛」と定義している3).この神経障害性疼痛の定義に則ると,神経損傷を伴わないcomplex regional pain syndrome(CRPS)type 1は神経障害性疼痛には含まれない.しかし,病的疼痛に関連した脳内機構は神経障害性疼痛とCRPS type 1で共通した知見も多いため,本稿では神経障害性疼痛の代表例である四肢切断後幻肢痛と腕神経叢引き抜き損傷後疼痛に加えCRPS type 1も広義の神経障害性疼痛としてその知見も交えて疼痛認知と身体認知に関する脳機能画像研究を概説し,続いてそれらから推察される鏡を用いた神経リハビリテーション(鏡療法)の脳内メカニズムを考察する.
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