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はじめに
日本国民の愁訴として痛みは最も多く訴えられるものであり,風邪と並ぶ一般症状のひとつとして病院を訪れる患者は多い.痛みの医療従事者はその原因を追求するために痛みの局在,性質,経過を問診し,治療効果の判定のために痛みの強さを評価していくであろう.しかしながら痛みは主観的なものであり,これまでの感覚的および情動的な体験や自分を取り巻く環境に修飾されているため,現に訴えられているものが患者の痛みとして純粋に客観的な情報とはなり得ない.ただ,患者はその痛みのみならず痛みにより引き起こされた苦痛を含めて痛みとして訴え,それを取り除いてほしいと願う.
1986年に国際疼痛学会では,痛みを次のように定義した1).「痛みとは不快な感覚性・情動性の体験であり,それには組織損傷を伴うものと,そのような損傷があるように表現されるものがある」.一見,非常に分かりにくく,理解に苦しむような表記であるが,その内容は痛みの複雑性を内包し,見事に明文化したものである.痛みは本来,警告信号としての役割を果たすものであり,組織損傷に伴う危機的な状態を痛みという感覚を通じて知らせてくれるものである.そして,痛みを感じた瞬間に不快な情動を伴うことは誰もが体験したことがあるであろうが,痛みは伝達とこの不快情動の2つをもって警告信号としての役割を果たす.人間は,「痛い感覚」と不快情動を伴うものである痛みがなくなることを切に願い,二度と同じ経験をしたくないがために回避するのである.なくなってほしいと切に願う痛みが長く続けば抑うつを生じ,ついには絶望感,生きることへのあきらめすら生じてしまうことになる.
痛みによる経験が個々で異なるように,疼痛に対する心理反応や行動も複雑になる.慢性化すれば,この反応や行動が一人歩きし,新たな身体症状を引き起こすこともあり得る.そのような状態では,傷がないにもかかわらずあたかもその場所が傷ついているかのように患者は痛みを訴えてくる.この複雑さが痛み患者,とくに慢性疼痛患者の理解を困難とし,治療を試みる医療従事者の大きな障壁となっている.本稿では,これまでの研究で明らかとなってきた慢性疼痛の病態メカニズムにふれ,慢性疼痛患者を取り巻く複雑な問題を整理し,その捉え方と包括的アプローチについて概説する.
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