けんさアラカルト
PAM染色—ホウ酸とホウ砂
林 範子
1
1東邦大学大森病院中検病理
pp.514
発行日 1983年6月1日
Published Date 1983/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1543202781
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それはまだ私が検査室に入りたてのころでした.やっとの思いで出来あがった剖検標本を提出してから数日後,腎糸球体基底膜を目的としたPAM染色の依頼を受けたのであります.学生時代の病院実習で染色したことはあるものの,病理検査室に入ってからこの染色は初めて行うものの一つでもありました.本を横に試薬すべてを調整し終えて染色を始めたのですが,成書に記載のある時間を過ぎても切片は真っ白けで全然鍍銀されず,さらに時間をかけても変化がないため,募る不安を先輩に打ち明けてみました."酸化はしたか,液はちゃんと作ったか,高温孵卵器に入れたか"と尋ねる先輩の言葉のゴロ合わせに,不謹慎にも私は,さだまさしの"寂しかないか,お金はあるか,友達出来たか……"というあの「案山子」の歌をなんとなく連想したのであります.
だんだん自分の行った操作が定かでなくなり,再度染色をやり直してもやはりその結果は同じで真っ白け.そのことを先輩に告げると,腕組みして暫し考え,試薬棚の前で"あなたはこれではなく,こちらのほうを使ったのでしょう?"と,先輩の指はラベルにホウ酸と書かれた試薬瓶を示していました.そしてその横にはゴシック体で四ホウ酸ナトリウム,その下にかっこして小さな字でホウ砂と印刷してある瓶があるではありませんか.考えてみれば,ぱっとホウの二文字しか読まずにホウ酸を使ってしまったようです.先輩は一人でうなずいて,これに違いないと言っており,やり直しの染色はまさしく先輩の一言を裏づける結果となりました.
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