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はじめに
現在使われている腫瘍マーカーという名称は正確には狭義的で,腫瘍(これも狭義的に使われており,いわゆる癌のこと)によってのみ産生される物質またはそれによって過剰に産生される物質を呼び,それをモノクローナル抗体で検出するという手法が盛んに取られてきた.
歴史を振り返ってみれば腫瘍マーカーの第一歩は1848年に英国のBence Jones医師が多発性骨髄腫患者の尿中に煮沸すると凝固し,温度が下がると沈殿する蛋白質を見いだした1)ことによる.この蛋白質は現在もBence Jones蛋白質として知られており,異常形質細胞から作られる免疫グロブリンの軽鎖部分であり,多発性骨髄腫の診断に重要な知見となっている.その後,癌細胞に特異的な代謝があるのではないかといった研究から腫瘍マーカーを探る動きがあった.
1960年代に入ると,胎児期細胞と癌細胞とに類似点が多く,初期胚の発育段階で特異的に発現する蛋白質が癌細胞からも大量に放出されていることがわかり,現在でも使用されているAFP(α-fetoprotein,アルファフェトプロテイン),CEA(carcinoemblionic protein,癌胎児性蛋白質)など2)が知られるようになった.
1975年にKohler とMilstein3)によってモノクローナル抗体の作成法が樹立されてからは,それまでになかった多数の腫瘍マーカーが世に出ることになった.これら多くのモノクローナル抗体はヒト癌細胞を丸ごとマウスに免疫させ,脾細胞とミエローマ細胞〔HAT(hypoxanthine-aminoprotein-thymidine)感受性〕を細胞融合させて作製したため,癌細胞だけでなくヒトの正常細胞に対する抗体も作製された.おびただしい数の抗体のうちから,ヒト癌細胞に特異的な抗体をつり上げていくといった時間も根気も必要な作業を繰り返し特異的な抗体を単離していった.この結果今日,日常的に用いられているCA19-9,CA125といったなじみのある腫瘍マーカーができあがったのである.これらの抗体の多くが癌細胞表面に存在する糖鎖を認識することが知られており,糖鎖の基幹構造から1型と2型とに分かれる.1型の糖鎖抗原はCA19-9など消化器系の腫瘍抗原が多く,2型糖鎖抗原は肺癌や卵巣癌由来が多いといわれている.これらの違いは多くの優れた総説が出ているのでご参照願えれば幸いである.糖鎖というと堅苦しく聞こえがちであるが,血液型の判定は糖鎖の違いを基にしている.また糖鎖研究は,わが国が世界を一歩リードしている領域であり,第三の生体物質(正確には鎖状物質)と呼ばれ細胞の受容体機能や個体の免疫反応に至るまで多くの機能調節が行われていることが知られている.現在の糖鎖研究は多岐にわたっているが,腫瘍マーカーの範囲を飛び越し腫瘍ワクチンの世界にまで飛び出そうとしている.
腫瘍抗原の検知によってその腫瘍の医療全体を変える腫瘍マーカーが出現した例がある.それは前立腺の腫瘍マーカーであるPSA(prostate specific antigen,前立腺特異抗原)である.この腫瘍マーカーはその感度と特異性の高さから,前立腺癌の早期発見に多大な効果をもたらした.米国NCI(National Cancer Institute)のレポートによるとPSAを診断に用いたことにより1989年から1996年の間に米国内の前立腺癌の発生率を2.5%も引き上げた4)という報告がある.また良性疾患と前立腺癌との区別がその値によって区別できることから,不必要な生検を劇的に減少させた5).
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