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自分の勤めている大学がなくなるなんて夢にも思ってもみませんでした.2004年3月31日,臨床検査技師(三年制),看護師(二年制),保健師・養護教諭(一年制)を育成してきた伝統校,神奈川県立衛生短期大学は37年の歴史に幕を閉じたのです.卒業生は5,500余名,かかわってきた教職員は非常勤を含めて1,000余名に及び,横浜市西部の丘陵地帯,四季折々の花咲き誇る広大な敷地を抱く学園は,教育・研究に一大パワーを発揮してきたのです.2004年3月19日に最後の卒業式,それに続く閉学式が多数の来賓を迎えて厳粛に執り行われ,「有終の美」をなんとか飾ることができたと自負しています.同夜はみなとみらい地区の豪華ホテルで謝恩会が開かれましたが,最後となる技術科学生29名はいつになく華やいだ雰囲気を醸し出していました(国家試験合格率アップが背景にあったのかも).技術科学生たちはアトラクションとして森山直太郎さんの「さくら」の混声三部合唱を披露し,私もお粗末ながらピアノ伴奏に駆り出され,「桜散る」でなく「桜咲く」の印象を深めました.
短期大学の閉学には,2003年4月の神奈川県立保健福祉大学の開学(リハビリテーシヨン学科理学療法専攻の一般入試倍率はなんと108倍,他学科も平均33倍の大人気でスタート)が直接関連しています.大学には看護師,保健師の教育は引き継がれたものの,残念ながら臨床検査技師教育はなされないことになったのです.卒業式に私は壇上から「もし,設置学科が決定される7年前にSARS(sever acute respiratory syndrome,重症急性呼吸器症候群),炭疽,鳥インフルエンザ,BSE(bovine spongiform encephalopathy,牛海綿状脳症),非加熱血漿製剤によるC型肝炎など昨今メディアを騒がせている深刻な感染症が蔓延していたら,決してこんな事態にはならなかっただろう.」といささか不謹慎な挨拶をせざるをえなかったのです.
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