コーヒーブレイク
人吉と秋田
屋形 稔
1
1新潟大学
pp.1117
発行日 1995年10月15日
Published Date 1995/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1542902617
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本コラムに"旅愁"の作者犬童球渓の生地熊本県人吉と新潟市の縁を書き綴ったことがあった(38巻12号).これを読んだ秋田市の開業医菅原真氏(この人のことを本コラム37巻2号に"春夏秋冬20周"と題して紹介したことがある)から興味ある史料が届いた.明治維新における人物の消息を通して現代に及ぶ人吉市と秋田市を結んだ興味ある人間模様である.
主人公は相良頼寿という人吉藩の藩主の縁続きの方で,吉田昭治という人の手で"ある墓とその周辺"という一編の読み物にまとめられている.秋田在住の作者が度々訪れる全良寺の一隅に誰も訪れる者もなく眠っている相良頼寿という墓碑が心にかかっていたところ,あるきっかけにこの由来を尋ねることになり主人公そして人吉と秋田の関係が明らかになったという史料である.そのきっかけを作ったのが他ならぬ菅原氏で,学会で縁のできた人吉の開業医岡啓嗣郎氏の懇望で秋田中の墓探しをしている矢先き,はしなくも吉田氏の知るところとなって墓の由来が明るみに出たというのである.
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