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1950年代から実験動物において三価クロム(Cr)が正常糖代謝に必要であることが認められ,このCrの作用はインスリンのコファクターであろうと考えられた.Cr欠乏動物では,高血糖,高インスリン血症,高コレステロール血症のほかに著しい動脈硬化などが認められるが,Cr投与により血糖値,インスリン値,血清コレステロール値は正常化することが知られていた1).その後,遺伝的糖尿病マウス(高血糖,高インスリン血症を呈する)では,無機Crは無効であるが,ビール酵母から抽出した三価Crを含む物質を投与すると著明な糖代謝の改善がみられることが報告され,MertzらによってCr含有耐糖因子(glucose tolerance factor;GTF)と命名された2).以来,種々の研究成績はGTFの存在を支持しているが,現在でもその構造は明らかではない.この原因は,GTFの化学構造上の不安定さによると考えられている.
一方,哺乳動物(マウス,イヌ,ウサギ,ウシ)の生体試料中にインスリンの作用機構とは異なるブドウ糖の取り込みおよび利用促進作用のある低分子のCr含有物質が存在していることが明らかになっている3~5).この物質は主要臓器(肝,腎,脾,腸管など)に分布し,部分精製されたCr含有生理活性物質は,分子量約1,500と推定され,Crを除去すると生理活性を失い,再びCrを添加するとブドウ糖の取り込みおよび利用促進作用が回復する.このCr含有生理活性物質を低分子Cr結合物質(low-molecular-weight chromium-binding substance:LMCr)と命名して精製が進められたが,完全な精製にはいまだに成功していない.奇妙なことに,一定以上の精製操作は,生理活性を失わせてしまうのである.このため構造解析が行われておらず,前述のGTFが,LMCrと同一のものか異なったものかは結論されていない.
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