- 有料閲覧
- 文献概要
- 1ページ目
- 参考文献
はじめに
走査型プローブ顕微鏡(scanning probe microscope;SPM)は,光学顕微鏡や電子顕微鏡のようなレンズを持った従来の顕微鏡と異なり,鋭い探針(プローブ)で試料の表面をなぞりながらその表面情報をイメージングする風変わりな顕微鏡である(図1).この,いわば「触針型」顕微鏡ともいえるSPMの源流は,1981年にスイスのIBM研究所においてBinnig博士とRohrer博士が発明した走査型トンネル顕微鏡(scanning tunneling microscope;STM)1)にまで遡ることができる.
STMは,金属の探針を金属試料の表面にナノメートルレベルまで近接させて,両者の間にバイアス電圧をかけることで,探針・試料間にトンネル電流を生じさせ,その電流を測定・制御しながら探針(または試料)を走査する顕微鏡である.トンネル電流は探針・試料間の距離により大きく変化するので,STMでは試料表面の正確なトレースが可能で,原子配列の情報まで正確にイメージングすることができた.この顕微鏡の分解能の高さに注目して最初に生物応用が行われたのは,DNAをはじめとした高分子のイメージングであったが,STMではトンネル電流を用いているため探針も試料も導電性が必要となり,生物領域への応用には大きな制約があった.
ところが,1986年にSTMから派生して原子間力顕微鏡(atomic force microscope;AFM)2)が開発された.この顕微鏡は,トンネル電流ではなく試料と探針の間の相互間力(原子間力)を測定・制御しようとするもので,STMと同様に高い分解能をもちながらも試料の導電性を必要としなかった.その結果,生物学分野への応用の大きな可能性を秘めた顕微鏡として,生物学者の注目を集めることとなった.
その後,これらの顕微鏡以外にも,さらにプローブ(探針)と試料間に生じる様々な物理量を測定・制御するタイプの顕微鏡(摩擦力顕微鏡,磁気力顕微鏡,マイクロ粘弾性顕微鏡,走査型近接場光学顕微鏡など)が開発され,現在ではこれらを総称してSPMと呼ぶようになっている3).こうした新しい顕微鏡の出現により,SPMの生物応用はさらに多様な可能性を広げつつある.
ここでは,このなかで最も生物学分野に期待され,また新しいイメージング法として現在までに生物分野に利用されてきたAFMについて,その原理と実際の生物観察の応用例を紹介する4,5).また,最後にAFM以外のSPMの利用の現状についても簡単に触れる.
Copyright © 2006, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.