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医療過誤の医事法制的考察—とくに医師の過失責任について(その2)
高橋 正春
1
1科学技術庁計画局
pp.25-34
発行日 1960年1月1日
Published Date 1960/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1541201601
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V.医療過誤における医師の過失の基凖
医療過誤における医師の責任は,これを要するに,医師が診療上当然に払うべき注意義務を怠つたことが事故の原因をなす点に求められる。しかしてその注意義務の種類,程度,行使の方法は具体的事実に即して決定せられ,時により,事件により,差異もあり,内容も異り,決して一定不変のものではない。とくにそれが医学一般の進歩発達に伴つて変動するものであることは,ペニシリンシヨツク死という事故と抗生物質剤使用に関する医師の注意義務の変化ということに想いを致せば明瞭である。
このようにして医師の注意義務の基準,換言すればそれに反したときに過失があるとせられるような注意義務の範囲が,抽象的に定められているわけではないのである。ただ一般的にいえることは,医療行為は患者の生命に関するものであるから,これを行う医師には高度の注意義務が課せられている反面,医療のためには或る程度の危険を冒さねばならない場合も容易に想像せられるから,その危険が実現化したからといつて,一々その責任を追及するときは,緊急或は重大な事態に際して果敢な行為を執ることを躊躇させる結果を招来する虞がある。更に医師には,診療技術の上で相当の自由裁量の余地が与えられなければならず,その範囲内では過失は問題とされない筈である。しかし一方,その時の医学の水準からして,当然に避けえたであろうことを不注意に行った場合には,過失が認められることは当然であろう。
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