The Japanese Journal of Physical Therapy and Occupational Therapy
Volume 21, Issue 10
(October 1987)
Japanese
English
- 有料閲覧
- Abstract 文献概要
- 1ページ目 Look Inside
Ⅰ.初めに
ALSの医療の基本は,ALSの病態の全体像を正しく把握したうえで,進行しつつある障害をもった患者とその家族が,今の社会の中でどう積極的にかつ充実した生活を維持できるかを考えることと思われます.ところで,ALSは今まで,随意運動系の上位運動ニューロンと下位運動ニューロンとの両方が障害され,その障害される型により,古典型,末梢型,球麻痺型に分けられ,球麻痺型の経過がやや速いが,いずれの型も呼吸困難でおおよそ5年くらいで死亡する疾患と考えられてきました.しかし,呼吸器,コミュニケーションエイドの発達とともに,ALSの医療も呼吸器補助下での医療へと広がり,ALSは呼吸困難で終わりという従来の考えは再検討されるべき時期になっています.
私たちの医療の使命は,進行的に致死的になる障害をもっている患者でも,切迫した死期を早めないで,可能な限り生命(いのち)を保全することにあると思います.時実1)は「生命(いのち)は,あらゆる人間の価値を超越した存在であるからこそ,はじめて,お互いにいのちをいとをしみ,尊びあうことができるのであり,それは人類普遍の価値として位置づけられる.その故にいのちの尊崇さ,いのちの厳粛さがあるのであって,生命の尊厳ということばで表現できるのである.」と述べている.ここには,人間のいのちはどんな状況の人であろうとも平等であるというヒューマニズムが底に流れています.障害をもった患者の臨床にかかわる者にとってはこの認識は忘れてはならないことと思われます.
ALSの徐々に進行する厳しい随意運動障害は,その進行の途中で呼吸困難という放置すれば死に至るステップを踏みますが,決してそれがALSのターミナルポイントではないことは2,5),それを越えて生活している患者が現にいるし,前述の立場からも問題の無いことと思います.そして,そういう生活をしている人々を抜きにしては,ALSの医療は考えられません.ところで患者は,さまざまの形の身体的,社会的,精神的な諸問題を抱え2),これらの問題は,空間的,時間的な要素をもちながら,患者・家族の日常生活に制約を加えています.そのため,私たちは,本人の状態をある時点での静的な分析だけでなく,長い連続性をもって変化する存在として捉えなければならないと思います.そして,ALS医療の基本の一つにはこのような生活の中でどのように患者自身が生きがい,「生の拡充」3)を充分に保持し,育て上げるかを考えることが挙げられると思われます.
さて,この生の拡充とはどういうことでありましょうか.それは,患者自身に加わっている種々の制限からどれだけ患者自身が自由になれるかということと思われます.こういう自由を得る基本には,まずは,ALSという病気そのものを私たちが充分に理解し,その背景にある法則性を明らかにすることが必要であることは言うまでもありません.ALSに関する知識をどれだけもち,どれだけ活用できるかということが,私たちがALSに対してどれだけ自由になれるかを示すものと思われます.そのためには,ALSの原因を明らかにすることが第一ですが,今,同時にやらなくてはいけないことは,今までの呼吸困難までのものであったALSの臨床を,その後まで拡げ,ALSの全体像の把握を実際臨床の中で確立し患者に還元することであると思われます.この観点に立って,今まで当院でALSの患者とかかわってきた医師の一人としてALSの医療とリハビリテーションについて述べたいと思います.
Copyright © 1987, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.