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Ⅰ.はじめに
歩行は全身の筋・骨格系の共同した働きで行われ,それには中枢神経系が協調的な役割を果している.正常歩行の発現には移動の動機づけ,空間認知や身体図式などの認知機能あるいは感覚・運動機能などが必要となるが,これらは中枢神経系によって制御されている.中枢神経系の諸機能が障害されると,種々の特徴的な歩行障害をひきおこす.
失調性歩行,パーキンソン病歩行はいずれも中枢神経系の機能異常による代表的な歩行障害である.失調性歩行は運動失調症の部分徴候であり,小脳系,前庭,迷路系,深部感覚系,前頭葉・頭頂葉などの障害で見られる.脳血管障害,脳腫瘍,脊髄小脳変性症,多発性硬化症など種々の疾患で出現する.脊髄小脳変性症は変性疾患であり,慢性進行性の経過をとる.多発性硬化症は原因が確定されていず,寛解・増悪を繰り返す疾患である.疾患により症候の経過は異なるが,運動失調症を示す疾患には薬物治療に抵抗し,進行性あるいは難治性のものが多い.最近運動失調症に対してThyrotropin-Releasing-Hormone (TRH)が使用されている.しかしその効果,機序についてはさらに検討が必要な段階である.
パーキンソン病歩行はパーキンソン病,パーキンソン症候群で見られる.パーキンソン病は筋固縮,静止時振戦,アキネジア(akinesia)の3主徴を示す変性疾患である.その原因は不明であるが,神経病理学的には中脳の黒質や橋の青斑核などのメラニン含有細胞の消失を特徴とする.パーキンソン病患者の脳ではドパミン(dopamine)が欠乏していることから,L-dopa治療が開発され,症候改善に効果をあげている.その他視床定位脳手術により筋固縮,振戦を消失・改善させることが可能となっている.しかし本来の変性過程を抑止させることはできず,進行に伴ってアキネジアが次第に増悪する.この場合,とくに歩行の障害が著しい.
リハビリテーション治療は失調性歩行,パーキンソン病歩行に対する重要な治療手段の1つである.基礎疾患の根本的治療が困難な現状から,リハビリテーション治療では歩行障害にとどまらず,機能障害に伴って出現する心理・社会問題などの多側面の因子が問題となる.このような種々の問題に対して包括的に対処する.失調性歩行,パーキンソン病歩行に理学療法を施行すると,ある程度の改善を期待することができる.理学療法も包括的アプローチの一部として位置づけられる.ここでは失調性歩行,パーキンソン病歩行の理学療法を進める上で必要な評価と治療の基本について述べることとする.
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