The Japanese Journal of Physical Therapy and Occupational Therapy
Volume 18, Issue 2
(February 1984)
Japanese
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Ⅰ.はじめに
癌は現在,人間にとって,最も困難な病気の一つであろう.その予後は悪く,死の転帰をとることが多い.近年,日本では脳卒中を抜いて,死因の第一位におどり出た.早期発見,早期治療が最大の対策といわれているように,癌末期状態になると決定的治療法もなく,多くの患者は苦悩の中に死を迎えている.特に日本は胃癌をはじめとする消化器癌が多く,食べるという基本的欲求もままならず,悲惨な経過をとる事が多い.癌による死そのものより,死までの過程が恐れられ,業病的イメージがつくりあげられてきた1).
元来,医療は“人間を病苦から解放する”2)ために存在してきた.そうした意味では,癌末期患者は最も医療の援助を必要とする存在であろう.しかし現代医療は,“救命”を最大の使命としている.そのため,多くの命が救われてきたが,反面,救命しきれない患者,回復困難な患者は医療の興味の中心からはずされてきた.癌末期患者,難病患者,重度障害者,非代償性の慢性疾患患者,回復力の弱い老人,適応力の弱い社会的弱者達は,一様に医療の隅に追いやられてきた.「救命」「回復」を看板に掲げる病院は,「死」や「不治」の臭いが染み込むのを恐れ,それらを運んで来る患者の入院を忌み嫌ってきた.
これらの患者に対して,Cure(治療)はできなくてもCare(世話,援助,他)はできる.癌末期患者にはcareこそ必要であると柏木3,4)は強調している.疾病や障害を完全に克服できない時,要は,それらを持ったままどう生き抜くかということが問題なのであり,そのための援助が必要である.それゆえ,これらの患者へのアプローチの方向は人生の質(Quality of life)に向けられねばならない.
癌末期患者への病名告知も,真実を患者に告げ,悔いのない人生を患者に送ってもらうという事を主眼においたものである.しかし,患者がその事実を受容できねば,かえって患者に混乱をおこさせ,いたずらに死期を早めさせるだけになってしまう.それゆえ,病名告知の是非は慎重に検討されねばならない.本稿では癌末期ケアの持つ困難さについて述べ,癌末期患者への病名告知の条件について考察を加え,実際の症例を通じて,癌末期ケアのあり方について論じたい.
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