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がん患者の治療の開始時期は術前照射を始めた時でも,抗がん剤を投与した時でも,あるいは根治手術を施行した時でもなく,患者にがんであることを告げた時であると私は考えているが,「がん患者に病名を知らせるべきか」という問題が日本のジャーナリズムでも最近とりあげられており,米国からの報告として,1961年に219人の医師に対して行なわれたアンケートでは90%が「知らせるべきではない」と答えていたのに対し,264人の医師を対象に行なつた最近のアンケート調査では,97%が「患者に知らせている」と回答したという。一方,わが国では,長年「知らせるべきではない」との慣習が守られ,臨床でもがん患者に病名が知らされることはほとんどなかつたし,第7回日本癌治療学会総会(1969年)のパネルディスカッション「がん患者にそのがんを知らしむべきか」でも,結論は,「がんは不治だと考えられている以上,がんの宣告は主治医自らの責任で判断すべきであるが,原則としては知らせるべきではない」ということであつて,現在でも大勢としては知らされていないと思われる。私はこの点について従来から興味をもつていたが,昭和53年4月に約3週間,平野実教授(久留米大学医学部耳鼻咽喉科)を団長とする視察団の一員として,米国の大学病院・ガンセンター等の頭頸部外科施設8カ所を視察する機会を得て,その折に,たとえば喉頭癌の患者を目の前において,主治医が「この患者はT3N3声門上型喉頭癌で喉頭全摘と頸部廓清をしたが,残念ながら再発したので,これから……の治療をする予定である」というような説明をわれわれにし,患者も何となく不安そうな表情をみせてはいるものの,主治医のいうことを静かに聞いているという場面に何度も遭遇した。前々から米国では患者にがんであることを告げるとは聞いていたが,患者を前にしてこうもはつきりとわれわれに説明することに驚異を感じたのはグループ全員の意見であつたが,1)米国では患者自身が病名を知る権利を強く主張すること。2)治療は医師が勝手に行なえるものではなく,患者の将来がかかつているような治療をする際は,病名だけでなく治療を行なう上での危険率までも含めて説明し,本人の同意が必要であるという法思想があること。3)これに関連して,医師の自己防衛策がからんでいること。4)医療費が非常に高いので,支払い能力の許す範囲内で,その病名に対する医療を受け,自分の運命は自分で決めるという哲学をもつていること。5)米国では病院内に教会があつて,がんを宣告された患者が静かに祈りをささげられるような宗教的基盤があり,また,病院にチャプレンがいて,医師と協力して死に直面した患者に対してのニードにこだえる体制が非常に早い時代からできあがつているという歴史的背景があること。などが日本との相異の大きな原因であろうと結論した。
わが国でも臓器によつて,たとえば,乳がんや子宮がんの患者にはがんであることを告げる医師がかなりいると聞くが,耳鼻咽喉科あるいは頭頸部領域ではどうであろうが?積極的にがんであることを告げて,それにより治療の効果を上げようと試みている施設は私の知る限りではないようである。
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