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老人医療がほぼ軌道に乗り,乳児もこれに加わり,また公害による疾患等々勉強すべき分野が山積している。現在耳鼻科医にとつてもつとも困難で厄介なものは耳鳴,感音難聴の治療であろう。現在の主な治療法は,内耳血行改善策,内耳組織解糖呼吸系と一般的代謝賦活剤の投与が主体である。すなわち内耳組織呼吸系に働き,TCA cycleを賦活して傷害された末梢組織の修復と機能回復を計る方法がとられている。筆者は内耳,蝸牛神経,皮質聴中枢にいたる聴覚伝導路中には,多くのシナプスをつくり,ニューロンを交替するという解剖学的な形態に注目し,機能の変化は形態的変化を伴うという観点から眺めてみた。
蝸牛神経は延髄と橋脳の境で脳に入ると二分して,蝸牛神経腹側核と背側核を作り,ここではほとんどすべての線維はニューロンを代え,腹側核を出た線維は脳の腹側を通り,両側互いに交叉してここに台形体をつくり,ついに反対側の上オリーブ核(台形体核)に入る。背側核を出た線維も背側部で左右互いに交叉して同じ反対側の上オリーブ核に入る。また蝸牛神経からきた線維のなかには同側の上オリーブ核に直接入り,これを出て同側の上行系路を上るものもあることがしられている。上オリーブ核を出た線維は外側毛帯をつくつて上行,中脳の背側にある四丘体の一部の下丘に至る。ここで多くのものはニューロンを代えるが,外側毛帯のなかにも多くの神経細胞がみられ,ここでニューロンが代わるものもあるし,下丘でニューロンを代えずにさらにほかの線維とともに上行して間脳後部にある内側膝状体に到達するものもある。内側膝状体ではすべてのニューロンが交替してこの部を出る線維は大脳側頭葉の聴覚領野に到達する。下丘では一部の線維が左右両側交叉して,同側を上行したものも反対側に全部わたつてしまう。なぜニューロンが交替して,音刺激が上位中枢に運ばれるのか。このように多く中継されることは,他の種の感覚の神経路にはみられない。たとえば皮膚感覚には圧覚,触覚,温度覚(温,冷),痛覚があるが,どれも間脳に達するまでに互いに交叉して反対側を上ることは同じだが,途中1回しかニューロンが代わらず,高等な感覚とされている視覚でも,網膜の中で2回ニューロンが代わるが,その後間脳で1回代わるだけで大脳に到達する。聴覚系路にだけみられるようなニューロンの頻繁な交替は,何か意味があるように思われる。この経路のどこかに病変があると,音の聞えが悪くなるほか,音の分析,総合能力が障害され明瞭度が悪くなる。その原因の1つに神経伝導路中のシナプス伝達(電気的刺激が化学物質に変る部位でのシナプス伝達物質の過・不足,抑制ニューロンの作用障害)が関与していると考えられる。
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