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脳腫膓というと兎角耳鼻科臨床とは余程縁遠いものゝ樣に思われ勝である。脳腫瘍はそれほど稀なものであらうか。新大病理伊藤教授の調査では全部検列の1.67%が脳腫瘍であつた。諸家の統計は最低がPeersの0.71%,最高は木村,佐久間の3.92%で,平均2.02%となつてある。これは剖検例についての話で,勝沼,和田両氏が名大医学部の外来患者で調べたところに拠ると,脳種瘍の頻度は直腸癌よりもやゝ少く,上顎癌よりやゝ多い程度であるという。この比較概算は,検討を要する点が多いにしても,脳腫瘍が稀な疾患でない事を物語るには充分である。脳腫瘍のうちには,耳科的症状を主徴候とする聽神経腫瘍をはじめとし.眩暈や耳鳴を有力症状とする例が多い。私共の教室では,脳腫瘍に接する機会は耳硬化症音のそれよりも数段と多い。特殊事情があるので,これを以て直ちに一般を律する訳には参らぬが,耳鼻科の診療に際しても脳腫瘍を等閑視することは出来ない。耳管狭窄症として長らく通気法等を受けていたものが実は聽神経腫瘍であつたり,メニエール氏病とされていたものが小脳腫瘍であつた例は少くない。
か樣な診療上の必要性にもまして,本症が特に私共の注意をひく所以は,脳種瘍が耳科神経学上にもつ特殊な意義である。即ち本題の聽力障碍に限定してみても,全て一樣に感音系難聽に属する本症の聽力障碍が,病巣の所在を異にすることによつて如何なる聽力像を示すか,その持異像をどうして摘発するか等々と課題はつきないのである。従来の聽力検査法は主として伝音,感音両型の鑑別に終始しておつたが,一歩進めて感音系難聽の細別診断ということになると,脳腫瘍例の観察成績は有力な資料となる。それは本症の多くが孤立発生であり,頻度差はあるにしても脳の殆ど随所に現われ,剖検に俟たなくとも手術で病巣部位を確認出来る等の条件を具有しておるので,特殊検査法の応用価値を吟味するには貴重な資料を提供して呉れるのである。私共がこゝ数年来脳腫瘍例の耳科的検索に従事しておる目的の一つは感音系難聽の細別診断である。
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