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米国に1年間滞在して,帰りに1ヵ月間ヨーロッパを廻つて日本に帰つてきたのは,昨年の11月2日です。月日のたつのは早いものですが,米国の1年間は私にとつて10年もの長さを感じていたのですけれども,帰国したらもう4ヵ月も経過して,米語は完全に忘れてしまいました。帰国して4ヵ月間,一体全体私は何をしたかと思います。歓迎会,忘年会,新年会,そして送別会をへて鹿大に来てまた歓迎会と,夜になるとそわそわして落着けない日ばかりとなり,アル中みたいです。おまけに鹿児島の焼酎がおいしくて,つい度をすごすといつた有様,魚もうまいし,メザシのひもの,サヨリのひもの,ピーナッツなどを注文すれば安くて酔うことができます。この状況下において勉強ができるはずがなく,ボンヤリと机の前に座つているだけです。時々,アメリカの生活やヨーロッパ旅行を思い出しては,かえつてホームシックというか,懐しさが胸に迫つてきます。雪の降る夜にボストン・シンフォニーを聞きに行つて感激して雪をふみしめながら帰つたこと,クリスマスに生れて始めてカトリックの深夜のミサに出席して写真ばかりとつていたこと,大みそかに先輩の家で卵酒をのまされ1時ごろ帰つたこと,知人の家に招かれて奥様手作りのマグロの刺身を食べて日本を偲んだこと,ボストンに1軒しかない日本料理店に行つて2弗の鍋焼ウドンを食べたこと,生れて始めて自動車の運転をならい,苦労して免許証をとつたことはとつたが,新米でよその家のガレージに車を入れて,出すときバンバーをガレージにぶつつけて進むことも退くこともできなくなつたこと,その新米運転手がある日本人に自動車の運転を教えている最中に,パトカーが来て免許証をもつているかと聞かれ,真青になつて腰が抜けたこと,ワシントンの桜を見て,日本の桜よりきれいだといつたら,米人が驚いたこと,ニューヨークに行くためグレイハンドの長距離バスにのつたら,横に米国の夫人と赤ん坊が座つて私が一寸あやしたら,私の膝の上に座つたり,動いたり,お守役となつて苦労したこと,酔つばらいの米入が私の手を握つて沖縄で日本軍と戦い,1]本人は信用できないとかいつてクダをまかれたこと,パリーでフランス語がわからず,一日中サンドイッチとビールばかりで,飢えかけて日本人の画家に会つて自宅でマカロニをソーメン様に作つて食べさせてくれたこと,ベルリンで屋台が気に入つてビールとソーセージを4軒食べ歩いて,夜中下痢,嘔吐をしたこと,ホテルの鍵が2重になつているのに気がつかず,危ふく飛行機にのりそこないかけたこと,スイスのインターラーケンで日本人13人に会つたこと,ローマで日本人の尼さんとデートをしたことなどを思い浮べます。鹿児島に来て,桜島は断然ナポリのベスビアス火lllよりも立派で,毎日眺めるのが楽しみの一つです。
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