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私はどうしても酒をのめない。「私は酒が全くのめません」といつても体つきからいつて誰も信用してくれない。事実は小さいチョクに三,四杯のむと動悸と息苦しくなり,次で搏動性の頭痛,はきけ,嘔吐が続く,それでも若い時代には何とかのめるようになりたいと思つて努力もしてみたが一向に腕があがらなかつた。なくなられた佐谷先生から「このうまい酒をのめないやつはかわいそうなものだ」と時々いわれたのを記憶している。だんだん酒恐怖症となつて増々人づきあいが悪くなつてきた。そして翌朝起きると喉がかわいて無性に水がのみたくなり,頭が重く,全身がだるくてしようがない。それが午前中の診察が終る頃からぼつぼつ元へ戻つてきて,やや元気となり普通状態に近くなつて来る。自分ながら不思議でしようがなかつたが,恥しさもてつだつてだまつていたところ,ある時医局で偶然にその話をする機会があつて医局員の某君は「それは先生二日酔ですわ」といわれて大笑となつた。まさか三,四杯の酒で二日酔するとは私も夢にも想像していなかつた。後から考えてみると量的問題だけであるから三,四杯の酒で二日酔をしてもよい筈である。それ以来私の二日酔は医局は勿論のこと病院内でも有名となつて,現在では私に酒をすすめる人もなくなつて,やれやれと思つている。しかし一杯目の酒はとても舌ざわりがよくてうまい,又酒のよしあしも自分ではよくわかつているつもりでいる。市原学長は「おまえの肝臓にはアルコール脱水素酸素が欠如しているのであるから酒をのんではいかない,しつかりたべなさい」といつて科学的根拠?を与えてくださつた。この点話のよくわかる先生といつも感謝している。そして先生の膳の上のものまで頂戴することが多い。先生のような生化学の大家がいわれることだから間違ないとして現在自分の下戸には納得もゆき,かつあきらめている。私には酒をのまされることが何よりもつらいのだから。私が死亡したら早速肝臓のアルコール脱水素酵素の有無を調べてもらつて少しでも医学に貢献しなければならないと思つている。
それにつけていつも思うことは病気と体質との関連性である。体質については随分と各方面から研究されているが我々を納得させるにたる学説には未だ接しないようである。私は典型的な体質異常者を選んで先天性のMetabolic errorすなわち酵素関係からもつと体質異状を追求して戴きたいと夢のような考を抱いている。
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