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亡父が探偵小説マニアであつたので,私も小学生の頃にはもう「新青年」や「乱歩全集」をかぢり読みした。今でも推理小説が好きでよく読んでいる。ただ,作者や題名には割に無関心で,すぐ本文にとりかかつてしまう。だから,誰の作品が好きかとか,何という小説が面白かつたかなどと訊ねられても,満足な答が即坐に出てこない。ここ数年前からSF(Science Fiction)に興味を感じて随分乱読もしたが,何分ロケットでとび廻つたり,ゴヂラなどが出てくるものもあつて,いささか大人気ない。元来SFは七面倒くさい理論は不用で,現代の科学で説明出来ようが出来まいが,作者の設定した独自の科学が生み出す創造の世界を楽しむものと心得ている。私の好みも此頃専らアンドロイド物とタイムマシン物に固定してきた。
アンドロイドというのは殆んど人間と見分けのつかないロボットのことで,高度に小型化され,精密化した電子頭脳がその生命であるが,皮膚だけはどうしても人工ではうまくないらしく,人体皮膚を培養してその表面にうまくはりつけることになつている。とするとやはり我々の皮膚と同じ構造であるらしい。これからは私達皮膚科医の取越苦労であるが,そうすると,これを養うためには血液に近い液体を環流する必要があろう,酸素を供給するためにはヘモグロビンが一ばん能率がよいだろうし,これを赤血球のような袋の中へ入れておかないと都合が悪いだろう。血清も自然に近いものが必要であろう。などと考えてくると,結局血液そのものが用いられるのではないか,るとこれをたえず一定の成分にコントロールする機構は? 環流の動力源は? 細菌に対する防禦は? などとあれやこれやと案ずると,結局出来上つたものは人間そのものになつてしまつて,人間とはうまく出来ているなあということに落着いてしまう。どうしても現実の科学から脱し得ない悲しさである。
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