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思いつくまま(24)
佐野 栄春
Shigeharu SANO
pp.207
発行日 1963年2月1日
Published Date 1963/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1491203456
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- 文献概要
デンマークの某都市の公園に毎朝杖をひいた老紳士の散歩姿がみられた。白髪長身静かな歩みの中にもえもいえぬ温かさとおかしがたい気品がただよつていた。すれちがう公園掃除夫にも乳母車をおす母親の目礼にも明らかに尊敬の念がうかがわれた。そのうちあちこちから子供の姿がみえ,老人の後を三々五々舞いながらついてゆく。老人はベンチに腰をおろす。之をとりかこんで子供達の軽やかな笑が洩れてくる。杖の先で地面の上に何か図でも書いているらしい。やわらかな日の光が木の葉演れに老人の顔に映える。小鳥の囀り一そのうち一羽が老人の手にとまる。子供達の眼の輝き。暫しの後かこみの中から老人のにこやかな顔が立ち上る。"プロフェサー・ハンスティン!さようなら,又あした"プロフェサー・ハンスティン,プロフェサー・ハンスティン"!散つてゆく子供達に手を振りながら杖をひいた後姿が茂みの中に消えてゆく。
「こういう話はどうかね」M教授私の大事な御師匠の1人であるが—は盃をおいた。人気少くなつた深夜の飲み屋の一隅である。デンマーク風景はM教授の先生にあたる故MI教授が過ぐるよき日ヨーロッパの留学中の心に残る一コマとしてよく話された一節である由。有名な生理学者ハンスティンは停年退職後悠々自適,子供を相手に自然科学のあり方をとき,街の子供達も毎日この老教授の来るのをまつたという。
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