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思いつくまま(4) 学会をかえりみて
帷子 康雄
Yasuo KATABHRA
pp.1347
発行日 1959年11月1日
Published Date 1959/11/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1491202708
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毎年総会が終ると学会印象記がいうんな紙面を飾り,居ながらにして当日の雰囲気を味わうことが出来る様になつている。所でマンモス学会と云われた今年の日本医学会総会では真中の日のリクリエーシヨンも亦重要な行事故,こつちの方の印象記のないのは画龍点晴を欠くものだろうと考えたが,その催物が甚だ盛沢山である。大いに迷つた揚句,ラグビー試合東京ドクタースクラブ対福岡ドクタースクラブ於秩父宮ラグビー場と云うのを受持たうと勝手に決めこんだ。と云うのは,小生,高校1年の時,妙ないきさつからラグビーなるものをやらされ,以来不規則にバウンドする楕円球の魅力につかれて,医局に入つてからも何だかんだとひつぱり出され,遂には大学のラグビー部の副部長を仰せつかつていたからであり,こちらに赴任した時には残念乍ら当弘前大学のラグビー部は既に消滅,ここ数年はラグビーとは全く無縁の生活をしていたからでもある。秩父宮ラグビー場も,未だ東京ラグビー場と称して,出来たばかりの頃一度走つたことがあるので大変懐しい。偖,当日は快晴にめぐまれた絶好のラグビー日和,紫縞の東京,白の福岡ともに元気一杯,グラウンド狭しと球を追つたが,次第に脚,腰が云うことをきかなくなるのは如何ともなし難く,後半は選手交替と云う取りきめになつていたらしい。
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