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Ⅰ.はじめに
—患者・市民への説明責任の時代—
1.医療を取り巻く環境変化と説明責任
ここ数年,あらゆる面で社会環境は大きく変化しており,それは医療界とて例外ではない.脳神経外科領域においても変化の波は著しく,従来の手法が置き換えられる場面にも多く遭遇するようになった.例えば脳イメージング技術の進展により,今やこの技術は術前診断に用いる段階から,リアルタイムで手術自体をアシストする時代に入っている4).また,他の固形腫瘍の治療と同様に,小児も含む脳腫瘍への集学的治療が今では当たり前となっており16),この治療スタイルはより一層のチーム医療を促すことになるだろう.少数の外科医が単独で治療を行うスタイルは徐々に減少する中で,外科・内科が協働し医師・看護師・他の職種をまたぐ形で医療チームが自らをコーディネートしつつ,患者の治療に当たるスタイルが,今後はますます主流になると思われる.
一方,患者を取り巻く視点として最も顕著な変化は,やはり患者-医師関係のシフトである.パターナリズムに代表される一方向の力関係は医療現場では通用しにくくなっており,常に患者または患者家族から医療者が説明責任を求められる時代に入った.それは,定型的な情報提供からなかなか脱却できないinformed consent(IC)から,医療者と患者とが情報だけでなく治療への意思決定全体を共有しようとするshared decision-making(SDM)への変化とも言える11).事実,患者の視点も導入して医療情報をきちんと説明することへの市民社会からの眼差しは年々厳しくなってきている.それは,これまでも外科医療の世界では治療選択に際して珍しいことではなかったが2),広く一般診療の世界でも同様になりつつある13)という認識が必要となっている.
この患者-医師関係の中でも昨今メディアを中心に頻出するのが「説明責任」という語である.外科医が「Availability, Affability, Ability」という「3つのA」を満たすべきと論じられた時代は過去のものとなり,「4番目のA」として「Accountability」を入れるべきである9)という指摘は10年以上前になされている.治療を受ける患者またはその家族に対する術前・術後の説明を医療者が丁寧に行うことは引き続き推奨されるだろう.加えて今後は,市民や社会全体への説明も含めて,エビデンスに基づく説明責任を医師や領域学会が果たしていくことが,ますます重要となっていく.
だが,説明責任を果たすために重要なエビデンスを,今の臨床現場が十分にもち合わせているかと問われればどうだろう.科学的エビデンスは,確かに海外著名論文誌から引用できる.しかし,それを説明されて患者が納得・安心しなければ,真の意味での説明責任を果たしたとは言いにくい.例えば,患者に「未破裂脳動脈瘤」のため手術を行うと告げることは難しくない.だが外科医から説明を受けた患者は,インターネットで治療法を調べ上げて診察室に戻ってくる.恐らく彼らの情報収集法は稚拙であり,中には誤った情報もあるだろう.リスクに話が及び海外での研究データを出すと日本のデータで説明してほしいと返される.この施設での治療成績はどうなのか,できれば大規模データをリスク補正された形で見たいと詰め寄られることもある.数年前の施設データを見せると,予後データの最近のトレンドを問われる.プロフェッショナルとして外科医が真剣なことは言うまでもないが,生死をかけた患者もまた真剣そのものであり,その情報収集に妥協はしない8).
この説明責任をどのように「臨床ビッグデータ」が果たしていくのかを,National Clinical Database(NCD)を通して考えていくのが本稿の目的である.
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