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悪性脳腫瘍の遺伝子治療に非複製型の遺伝子運搬体(ベクター)を用いる場合には,導入遺伝子の分布効率や免疫反応の問題があり,また複数の遺伝子異常が蓄積される悪性腫瘍にあっては,当初期待されたほどの治療効果が認められていない。これらの欠点を補うべく開発されたのが,腫瘍細胞の中で選択的に複製し,増殖したウイルスが宿主細胞を融解・破壊して周囲の腫瘍細胞に感染しては増殖を繰り返すメカニズムを,治療に応用するウイルス療法である。一方,神経幹細胞はその多分化能から再生医療への応用が期待されている。本稿では,これらのマテリアルを脳腫瘍の新しい治療に応用する試みについて紹介する。
はじめに
神経膠芽腫に代表される悪性脳腫瘍は予後が極めて不良で,あらゆる治療を施したとしても5年生存率は依然として,約10%という悲惨な状況にある。そのため,遺伝子治療や免疫治療などの新しい切り口を用いた先端治療の実用化研究が続けられているが,現在でも手術・放射線・化学療法以外に決め手となる治療法は見いだされていない。そのなかで増殖性ウイルスの細胞融解能を腫瘍特異的に発揮させようという複製制御型単純ヘルペスウイルス(HSV)を用いるウイルス療法1)は,HSV遺伝子のうちICP6およびICP34.5遺伝子を不活化して安全性を確保した,HSV-G2072)を用いたものが米国において臨床試験が進行中であるが,いまのところ安全性の確認にとどまり,治療効果の判定には及んでいない3)。筆者らはこのウイルス療法が今後の有力な治療手段となる潜在力を有していると考えており,そのために治療効果を増強させるいくつかの方法を併用することが必須であると判断している。すなわち,(1)ウイルスの複製増殖能を腫瘍内で増強させるシステムの開発,(2)腫瘍の非常に高い浸潤能に関与する因子の阻害,(3)治療ウイルスそのものに対する免疫反応の一時的抑制,(4)ウイルスの腫瘍特異性の向上,などが有力であると考えられる。また,再生医療に応用されようとしている神経幹細胞の多分化能を腫瘍細胞に作用させることができれば,有効な補助手段になりうるかも知れない。近年,神経幹細胞・ES細胞が単離できるようになり,治療への応用研究が注目されている。中枢神経系の再生能は極めて小さいので,神経細胞の移植によって疾患や損傷により失われた脳機能を回復させることは極めて難しい。しかし限られた領域に存在する特定の細胞だけが失われるような神経疾患,たとえばパーキンソン病などは中脳黒質ドーパミンニューロンの選択的変性により運動障害を生じる疾患であり,ドーパミン分泌細胞の脳内移植が有力な治療法として検討できる。このような場合には,患者自身から単離した神経幹細胞を in vitro においてドーパミンニューロンに分化させた上で移植することによって,通常の移植医療で直面する,ドナー問題や倫理問題を解決できる可能性が生まれる。現在,このような広い意味での再生医療に対して,幹細胞の応用が急がれている。
本稿では,浸潤抑制,免疫抑制に加えて,最近筆者らが行った,神経幹細胞を腫瘍のウイルス療法に応用する方法を紹介し,今後のそれらを併用した複合治療の可能性について考察したい。
Replication-defective vectors for gene therapy of malignant brain tumors have a weak point on transfective efficiency and immune response, and clinical trials using them have not been effective so far. Replication-conditional, oncolytic virus have been developed for overcoming the low efficiency for treating the tumors. Neural stem cells are potentiative candidate for regenerative medicine because of their multipotential on the differentiation. We introduce the experimental trial using these materials for the treatment of brain tumors as novel strategy.
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