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すぐそばにある「ドーピング」
今日では「ドーピング」とはスポーツ選手だけにかかわる問題ではない。『Nature』誌が2008年、読者である研究者たちに向けて行なったアンケート調査によると、全回答者およそ1,400人のうちの5分の1が、集中力を強化するためなどの「非医学的」な目的のために、メチルフェニデートなどの向精神薬を使用したことがあると答えたというⅰ。使用されていたのは注意欠陥多動性障害(ADHD)などに処方されるメチルフェニデート(リタリン®)のほか、睡眠障害に用いられるモダフィニル(モディオダール®)、不整脈の治療薬であるβ遮断薬などである。いずれも依存症などの副作用が指摘されている薬物だ。使用の目的とされているのは、集中力の強化のほか、時差ボケ対策などである。利用者のおよそ3割が、インターネットから薬を入手したと答えている。
「競争的資金」の獲得に翻弄される研究者たちの境遇を思えば、この世界が競技スポーツのそれに近づいていくことは、必然的であるのかもしれない。しかし、眠気覚ましや疲労回復などの効果をうたったサプリメントなどの服用にまで範囲を広げてみれば、こうした「ドーピング」は、既に日常化していると言える。スポーツの世界ではタブー視され、その実践者は問答無用で犯罪者扱いされることになるこうした「ドーピング」を、新たな医学の問題として、その是非を含めて議論しようとする流れが、近年になって活発化し始めている。エンハンスメント医学、あるいは非治療的医学の問題である。このような医学は目下のところはドーピングあるいは美容整形などが中心だが、今後も確実にその応用範囲を広げていくことだろう。2003年にアメリカで刊行された大統領生命倫理評議会報告書が述べるように、こうした医学の進展が、「非常に重要な倫理的難題や選択を突きつけてくるⅱ」ことになるのは疑いようがない。
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