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はじめに
世界保健機関(World Health Organization:WHO)は,2006年,世界で推定430万人の医療人の不足を指摘し,医療分野の人材育成は喫緊の課題であると表明している1)。この解消のため,多職種連携教育(interprofessional education:IPE)とその実践(interprofessional work:IPW)を推進することは革新的戦略と位置付けた2)。
歴史を振り返れば,英国で1987年にIPE推進センター(The Centre for the Advancement of Interprofessional Education:CAIPE)が設立され,IPE/IPWの推進が開始された2,3)。2010年にWHOがIPE/IPW実施のためのフレームワークを公表し2),2015年に米国Institute of Medicine(IOM)がIPE/IPWに関するエビデンス創出の重要性を指摘した4)。以降,欧米ではIPE/IPWは社会政策立案に関連した重要課題と考えられている5)。
本邦においても1980年代から,堀川らによる神経難病[筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)]を持つ患者と家族に向けたIPWの取り組みが開始され,日本のIPWの礎になっている6)。1990年,全国で初めて,地方公共団体による事業(新潟県特定疾患在宅患者医療機器購入補助事業:特定疾患を持つ患者に向けた貸し出し用人工呼吸管理と周辺機器の購入費用等の補助)が行われたことを皮切りに,新潟市難病対策連絡会とその下部組織の新潟市難病ケース検討会(事務局:新潟市役所保健衛生課)が毎月1回,定期開催されるようになった。神経難病に関わる多施設,多職種の医療人が匿名の問題症例を持ち寄り,患者に関わる医療や社会的な問題に対して対策を討議し,その場でケアプランを立て,包括的・継続的にケアをコーデイネートする6)。そこで生まれた課題は,新潟市難病対策連絡会(1〜2回/年)に挙げられ,難病対策の政策提言が行われた。課題覚知から政策提言まで迅速にボトムアップ可能なシステムであったこと,検討会自体がIPE教育の場になっていたこと(複数の領域の専門職が,連携およびケアの質を改善するために,同じ場所でともに学び,お互いから学び合うこと)が特徴である。この一連の活動は日本を代表するIPE/IPWのベスト・プラクティスであり,「新潟モデル」と称された。ここに培われてきたマインドセットが2000年施行の介護保険法の枠組みへとつながり,IPE/IPWを両輪とした地域包括ケアシステムへと発展している。
日本を含め世界では,高齢化を含めた人口構造の変化,働き方を含めた社会構造の変化,医療技術に支えられた疾患構造の変化,人々の価値観やイデオロギーの変化をどのように医療政策に反映させるかが求められている。ニーズが多様化する中,限られた資源で複雑化した医療サービスを提供することで,すべての人の健康寿命の延伸と豊かな社会の形成を目的に,さまざまな多分野の関係者が,共通の言語を使用し,同じ土俵に立って,地域の文脈を活かしながら,健康と健康政策を議論し,実践するしくみがIPWである7)。今,IPWを担う多職種を育成するIPEの重要性と必要性は高まるばかりである。
このような中,2019年末に中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019:COVID-19)がいまだに(2022年5月執筆時点)世界で猛威を振るい続けている8)。パンデミックを機に,世界のいずれの国の医学教育においても,カリキュラム改訂とICT(information and communication technology)を活用したオンライン教育の導入が推進された9)。本論ではIPE/IPWに関する理論を述べたうえで,post/withコロナ時代を見据えたオンラインIPEの可能性について提起したい。
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