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はじめに
オーストラリア北部のノーザンテリトリーには高さ数mにもなる巨大な蟻塚群を構築するシロアリが数種類生息している1)。この蟻塚一山には数百万匹ものシロアリが住んでおり,無数の役割分担された部屋が作られ,吸気や排気のためのネットワークも構成され,いわば一大都市国家が建設されていると言えよう(Fig.1)。あの小さなシロアリたちのどこにあのような巨大構造物を設計し建築する能力が備わっているのだろう。われわれはこの【謎】を解くためにシロアリを実験室に連れ帰り彼らの脳を詳細に解析する。そして驚愕する。「この小さな脳(微小脳)には蟻塚の設計図は埋め込まれていない。しかも,非常に高い能力を持ったシロアリが少数いて彼らが全シロアリを指揮しているようにも思えない」と…実に不思議である。1匹のシロアリの脳の中には蟻塚の設計図は描かれていないのに,彼らを「蟻塚」という「場」に置いてやるとあたかも役割を認識しているかのように蟻塚の中における自分の役割を果たすように行動する。しかも,その行動はさまざまな「場」(環境)の変化に対してもリアルタイムに適応している。すなわち,運動知能を持っているかのようにみえる。ところがそのシロアリを「場」から離すとそのような能力は消失してしまうようにみえる。
本稿では,このように生物が見せる運動知能の不思議に対する解へ近づこうと筆者らが最近考えていることを紹介したいと思う。その骨子は,生物の運動は脳神経系などの上位中枢(後述するように筆者らはこれを「陽的制御則」と呼ぶ)がすべてつかさどっているのではなく,実は身体と場とが相互作用することによってその運動に関わる制御則のような働き(のちほど「陰的制御則」と呼ぶことにする)が生まれ,それら2種類の制御則が協働して運動制御を行っている,という考え方である。すなわち,生物の運動制御能力や運動知能を理解するには,「陽的制御則」と定義する従来からの脳神経系の機能理解のみならず,新たにその存在性を提案している「陰的制御則」のメカニズムもあわせて理解する必要がある,ということを述べてみたい(Fig.2)。
もちろん,これまでにもこのような考え方に近い理解は定性的にはされていた。ここで示したいことは,「陰的制御則」の存在を自然言語的に言葉で感覚的に説明するのではなく,数学や物理の言葉で定式化することである。そうすることによって,われわれはこれまで以上に陽的制御則(いわゆる脳神経系)の機能理解や構築原理が明確に理解できると考えている。
本稿の構成は以下のとおりである。第Ⅰ章では,あらためて生物の制御系について概観して本稿で考えようとしている問題を明確にする。第Ⅱ章では,その問題に対する1つの解答として「陰的制御」と「陽的制御」という考え方を紹介する。第Ⅲ章では,概念の提案である陰的制御の具体的事例を示す。そこでは自然言語的な説明ではなく数理的な説明が可能であることを例示する。第Ⅳ章では生物がもつ環境適応機能を理解する鍵の1つが陰的制御則であることを考察し,最後に総括を述べる。
Abstract
In this note,we consider the control system of a biological system. Further,we point out the existence of the problem of indivisibility in the control system. To understand the principle of mobile adaptability embedded in the control system,we must solve the problem of indivisibility. To solve this problem,we propose the concept of an implicit control law. In addition to this proposal,we consider the usual explicit control law. Next,we demonstrate an example of the implicit control law embedded in the problem of a passive dynamic walking system. Finally,we state that the intelligence of the biological system must be constructed using both the explicit and the implicit control laws.
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