- フリーアクセス
- 文献概要
- 1ページ目
『神経解剖カラーテキスト』が6年ぶりに改訂された。原著は2005年に英国Manchester大学のCrossman博士とNeary博士によって出版された定評のある神経解剖学テキストである。1995年の原著初版の序にあるように,90年代の英国では医学教育論議が盛んに行われており,「必ずしも必要でない膨大な量の知識が学生に不当に要求されている」ことなども問題となっていた。そこで,「“システム”を基本に据えたコアカリキュラムの設定」や「基礎科学と臨床医学の統合」という指針に沿った医学教育改革が模索されるようになった。このような背景のもと,改定された基礎教育カリキュラムに沿った新しい教科書が必要となり,「簡明な記述」,「理解を助ける図版と写真」,「臨床との融合」,という本書のコンセプトが生まれたとのことである。神経解剖学は臨床医としては,臨床神経学,脳神経外科学,整形外科学,眼科学において極めて重要な知識体系であるし,理学・作業療法学といったコメディカルにも必須の学問である。ただし,多くの学生にとって解剖学の中で理解が最も困難な領域であることもまた事実である。教育の場においては,複雑で情報量の多い知識体系を初学者が短期間に学習して一定の理解水準に到達することが求められるため,上記のコンセプトは特に重要になる。いずれも至極当然のことではあるが,旧来の神経解剖学教科書と比較すると,本質を損なわない形で情報量をそぎ落とすことや適切な模式図がいかに理解を助けるかが実感できる。原著は初版以来2度の改訂を経た本書では明快な図版が増え,上記のコンセプトが一層明確になった。その一方で,例えば臨床的に重要となる脳の循環系など,記述の不足を感じる個所も散見されるが,詳しくは専門書で,ということなのかもしれない。
本書の序盤には,臨床診断の基本原理,最後に症例検討問題が配置されるなど,全体的な構成においても効率的な自己学習のための工夫が凝らされている。また,その他の項にも学習者のモチベーションを刺激する臨床関連事項が適度に散りばめられており,所期の目標の達成に成功したといえる。複雑化・高度化する臨床医学分野において専門職として要求される知識量は増加の一途をたどっている。神経解剖学分野に限らず,基礎教育に割り当てられる時間数が圧縮される傾向は今後も続くと思われる。医学の将来を担う教育カリキュラムや教材の最適化は永遠の課題であるが,上記の指針に沿った本書のコンセプトは普遍的な価値を持つであろう。
Copyright © 2009, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.