シネマ解題 映画は楽しい考える糧[66]
「グッバイ,レーニン!」
浅井 篤
1
1熊本大学大学院生命科学研究部生命倫理学分野
pp.930
発行日 2012年12月15日
Published Date 2012/12/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1414102691
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母を思う青年の壮大な嘘
アレキサンダー・ケルナー青年,通称アレックスの壮大で愛情に満ちた嘘の物語.東ドイツ建国40年目の1989年10月に,熱心な共産党員の母親クリスティアーネはアレックスが反体制デモに参加し警官隊に逮捕されたところを目撃し卒倒しました.精神的ショックが引き金で心筋梗塞を発症したのです.救急処置が遅れたため重症化し昏睡状態に陥りますが,アレックスと彼の姉,看護師で恋人のララの熱心な看病のおかげで,クリスティアーネは8カ月後に完全に回復します.しかしきわめて危険な状態でどんな些細な精神的負担も避けるよう医師に釘を刺されます.他方,クリスティアーネが眠っている間にベルリンの壁は崩壊し,東ドイツは急速に自由化,統一国家形成に向けて大変革が起きていました.
母にショックを与えてはいけない.アレックスは母を取り巻く文字通りすべてを嘘で固めるという一大決心をします.彼女が倒れた理由は10月の「異例の暑さ」のせい,西側から輸入された食品は東ドイツ製の古い容器に入れ替えました.ラジオを聴けないようにアンテナを折り,テレビ番組は過去の東ドイツのニュースを編集したりオリジナルを撮影したりしてビデオで流します.近所の人びとの言動から服装,外界の変化の解釈まで,母を取り巻く現実すべてにわたって事実を覆い隠し,アレックスは崩壊したベルリンの壁のかわりに母親の周りに壁を作りました.作品は彼の奮闘ぶりをコミカルに描いていきます.
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