シネマ解題 映画は楽しい考える糧[27]
「インビジブル」
浅井 篤
1
1熊本大学大学院医学薬学研究部生命倫理学分野
pp.693
発行日 2009年9月15日
Published Date 2009/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1414101768
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内面的自発的な善悪の難しさ
お話はとても「倫理的」です.非常に性格の悪い天才的科学者セバスチャン・ケインが軍のプロジェクトの一環として人間を透明にする薬物を開発し,自らを対象に人体実験をします.みごと実験は成功し,彼はめでたく透明になりました.透明戦士のプロトタイプ,秘密兵器のでき上がり.しかしなぜか元の状態に戻ることができず外出禁止になり,だんだん精神に異常をきたします.最初は研究中止を主張する上司を溺死させました.その後は研究仲間を地下の研究室に閉じ込め,一人ずつ殺害していくという物語が展開します.元恋人も例外ではありません.一般的にいえば,とんでもない話ですね.最悪の主人公が本能の赴くまま滅茶苦茶する映画といっても過言ではないでしょう.
それでも,この作品はきわめて倫理的なのです.つまり内容や登場人物の行いや性格ではなく,物語が私たちに突きつける問題がすごく古典的な道徳哲学上の問い,という意味においてそうなのです.透明化した主人公が好き勝手するこの映画は,「もし透明になったら,あなたはどのようなことをしますか」「もし何をしてもみつからないとしたら,あなたは悪いことをしますか」「私たちはどうして倫理的に振舞おうとしているのでしょうか」という根源的な疑問を投げかけているのでしょう.
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