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僕の3人の子どもたちがそろって小学生だったころ,毎年春の家族の恒例行事として,王子の映画館に「劇場版クレヨンしんちゃん」を観にいっていました.この「しんちゃん映画」,とくに原恵一監督の作品は映画としての完成度がきわめて高いことは,今では映画ファンの間ではよく知られています.よくできたギャグアニメぐらいの意識で見続けていた僕でしたが,2001年に公開された「嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲」を観て,まさに衝撃ともいえる経験をしたのです.子どもたちの笑い声としんちゃんへの声援と,親たちのすすり泣きが入り混じった,それまでに経験したことのない雰囲気に館内は包まれていたのでした.この映画のDVDは僕と同世代の方にはぜひとも観ていただきたいと思いますが,たかが「クレヨンしんちゃん」と高を括っていた自分が激しく揺さぶられることになったこの体験は,まさに意識変容の学習(transformative learning)のトリガーになっていたのだと思います.
さて,家庭医の仕事の特徴についていろいろ振り返ってみると,未分化な健康問題に出会い,その健康問題は医学的診断だけでは解決できないことも多く,また診断自体がつかないこともあり,そもそも問題は病気ではなく家庭のことだったりもします.また,非選択的な診療スタイルを貫くと,現時点での知識では対応できないことも多いわけです.また,臨床上の意思決定過程は,さまざまな要因が複雑にからみあってなされます.総じて,「予期せぬこと」「驚き」に出会う機会が非常に多い仕事といえるでしょう.しかし,たくさんレクチャーを受け,書物や文献を読むことで,「予期せぬこと」などないようにすることは不可能です.あらかじめ,原理原則をフォーマルなコースで教授することで生み出される従来の専門家は,僕のような家庭医にはあまり当てはまりません.むしろこうした「予期せぬこと」「驚き」を通じて,自分を持続的に成長させていくタイプのプロフェッショナル像としてDonald Schonが提案した反省的実践家(reflective practitioner)こそぴったりくると感じます.
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