メディカルエッセイ
ある苦い思い出
岡田 裕作
1
1滋賀医科大学泌尿器科
pp.158
発行日 1998年3月30日
Published Date 1998/3/30
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1413902283
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膀胱全摘除・尿路変向術を施行することは,われわれ泌尿器科医にとって,巨大な後腹膜リンパ節転移のある精巣腫瘍に対する後腹膜リンパ節郭清術を除けば,—番時間のかかる大きな手術である。大学病院であればスタッフの不足もなく,膀胱全摘除グループと尿路変向造設グループの2チームに分け,それぞれが思う存分に平素培ってきた技能を発揮することができる絶好のチャンスである。手術が終わった後の満足度も大きいのが普通で,医局内にある種の連帯感が醸し出され,ビールの味も格別である。近年の各種のエンドウロロジーの発展で,若い医師が開腹手術の面白さに触れる機会が大幅に減ってきてしまったのでなおさらである。
本手術にまつわる思い出もたくさんあるが,そのうちでも最も苦く,しかも悔しい症例について述べてみたい。症例は60歳,男性。Grade3の浸潤性膀胱癌で膀胱尿道全摘除とインディアナパウチを1988年2月19日予定した。当時の常として,術前に親族の方の数名から新鮮血の提供を受けた。手術は順調に進み,大した出血もなく,膀胱全摘除が終わる頃でも出血量は数百グラムにすぎなかった。膀胱全摘除の最中に周囲を見渡す余裕がなかったが,令摘が終わってふと見ると輸血が始まっていた。担当麻酔医に「先生,なぜ輸血をはじめたのですか? 輸血なしでもいけるでしょう」と詰問したが,その若い麻酔医は「せっかく採ってもらった新鮮血だから,もったいないので輸血しました」と,なかば平然と返事をした。
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